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2014年7月19日土曜日

根っこの話

根っこが生えた。尻からも足の裏からも精神までも。どんどん伸びて太くなり、ウガンダの地に根付いてしまいそうだ。
いかん、これ以上いてはいかん!今引っこ抜かないと色んなものが肥大して抜けなくなってしまう。

さて今が抜き時だ。ほーらほら今まで地面に隠れていた瑞々しい白い根っこが。ほら抜けた、と思ったら自分の日焼けが色落ちした太ももだった。三カ月でここまで色落ちするとは安物の色Tシャツじゃないか。

レストランで働き始めて早くも三カ月が過ぎた。人の回転は以前書いたように早かったが、その中でも明るいスタッフと冗談言い合って笑い、ときには真剣に話したり、変な旅人を本当に温かく迎え入れてくれた。またウガンダで働く日本の方にも色々気を使ってもらってとても有難い日々だった。
今まで何度となく別れを経験してきたがいつもその時その時に感慨深いものがある。そろそろ長く居続けられる場所を探したくもある自分がいる。がことはそう簡単には運ばない。ような気がする。
しかしここでの出会いが将来どのような形となって現れるのか楽しみであることは疑いようがない。

薄汚く汚れた雑草を拾ってくれ、また素晴らしいし水と栄養を与えてくれたアリフには感謝してもし尽くせないだろう。

相変わらず旅の資金はカツカツだが何とか大陸縦断はできそうだ。
これから先、どのような出会いが待ち受けているのかと思うと出発前の夜は眠れない。
世話になった全てに静かに感謝する時間に使えば眠れぬ夜もまぁ無駄ではないか。


どうもありがとう。
 ウェイターと。


 ありがとうございました or 禿げる前に一矢報いる?

 マネジメントと。


 シェフと。


シェフたちと。

2014年7月17日木曜日

水と戯れ

今日出発する予定であったが、なぜか私は渋滞前のカンパラの道路を車に乗ってジンジャ(Jinja)に向かっていた。アリフと一緒に。というのも出発の前々日になってアリフが「ヨウスケはここで起こった盗みばっかりを見てきて、あまりいいウガンダを見せることができてないから、最後にウガンダのいい思い出をあげたい、どっかに連れてってやる」と言い出したのだ。確かに私はここで繰り広げられた数々の盗みや悪だくみを見てきたが、私自身は悪い記憶だとは思っておらず、むしろ他ではできないようなかなりエキサイティングな経験をさせてもらい、十分すぎるほど満足していたからアリフの提案には驚いた。

「そうだ、ルウェンゾリ山に登ろう!」とアリフは言う。ルウェンゾリ山地にはアフリカで三番目に高い5000m級の山があり、頂上部には氷河があり、そう簡単には登れない。アフリカではまだ雪を見たことがなかったので近くに行って雪や氷河を見るのもいいかな、と思ったが何せ標高を上げないと見ることができないし、いきなり準備もせずに山に登るのはあまりにも失礼かと思いやめた。

代わりにカヤックをやることになった。カンパラから西へ75km程のところにナイルの源流とされるジンジャという町がある。この辺りは水遊びや森林探検などのアクティビティがいくつもある。

7時半をすぎると出勤時間の渋滞に巻き込まれるのでよろしくないということで6時半に出ることにした。昨夜遅くまでシェフたちと別れの盃を傾け過ぎたための寝不足の上、二日酔いで気持ち悪い朝だった。飲み過ぎて辛い思いするのを分かっていながらも、それでも飲み過ぎてしまうのはバカだからなのだろう。もう本当にこの朝は自分の馬鹿さ加減に吐き気を催したよ。待ち合わせ場所のアリフの家へボーダ・ボーダで向かう。排ガスで汚れる前の朝の清浄な空気が少しばかり気持ち悪さを緩和してくれる。たくさん深呼吸してアルコール排出だ。

アリフと合流し、出発。アリフも最近は不眠症であまり眠れなかったという。しかしいつも眠そうなガチャピンの眼はいつものままだったので安心した。
アリフが不思議がっていた。「なんかわかんないけど窓閉めているのにアルコールの臭いがするんだよな」「あぁ、それは俺の臭いだ(窓閉めているからだよ)」すぐに状況を了解したハニフは笑っていた。が私は車の揺れが気持ち悪かった。

二人ともカヤックは初めてだったので興奮しているが、それらは眠さと気持ち悪さで幾分抑えられていたと思う。この道は数日後に通る道。そう思うとカヤックをやることへの興奮とはまた別のところから興奮が湧いてくるのを感じた。

ジンジャに入るとそこはサトウキビやお茶の畑が広がり、また針葉樹の植林で大地が様々な緑で彩られていた。天気は何となくぼんやりしていて涼しい。突然その緑の町に異様な色をしてアジア独特の仏閣の体をなした建物が目にはいってきた。中華料理屋だ。それにしてもイモリの腹のように毒々しい色をしている。同じアジア料理屋としての味見も兼ねて、朝食にと店に行くと探検帽子を被った初老の男性が小さなナップサックを、その大きな体には不釣り合いな調子で背負って出てきた。まだ開店前でシェフがいないという。彼は南京出身で今までも色々な国で公務関係の仕事をしてきたという。そして二十年前くらいにこのウガンダに漂着して商売を始めたという。現在子供は学校のために中国へ帰っており、ハリセンボンの痩せた方を思い起こさせるような奥さんと二人だそうだ。子供にいずれ仕事を譲るのかと尋ねたら、「それはない」ときっぱりと言った姿に、いつかは故郷である中国へ帰りたい様子が窺えた。ビジネスチャンスが多く転がっているアフリカに魅力を感じつつも、やはり心のどこかではいつも故郷があるのかもしれない。

シェフが来て朝飯を食えることになったが二日酔いの私は料理を見るのも少々きつい。しかしアリフは隣で「ほらほら、これ旨そうじゃない?おっ、これなんてどうだ?」と容赦ない攻撃を仕掛けてくる。私はお茶だけを注文したが、結局テーブルには豚肉の生姜炒め、豚焼きそば、ティラピアあんかけ、鶏から揚げ、白いご飯が並んでしまった。「アリフ、君は本気でこれを食う気かい?」と聞くと「確かに頼み過ぎた、テヘ」と笑っている。ホント、君のこういうところが好きさ。

初めにきた鶏から揚げを一つもらってしばらくお茶をすすっていた。そしてトイレに行き、とにかく体内のアルコール排出に努めた。あぁ、アリフ、臭いがダメ。結局大食漢ではないアリフも二品目以降は撃沈で多くの料理が残った。ウェイターにパッキングしてもらって昼食とした。


カヤックアクティビティを提供している場所は幹線道路から外れて、しばらく赤土の埃舞うローカルな場所を行く。道沿いにはトウモロコシやバナナの木が地元の人々によって植えられているのだが、車が舞い上がらせた埃で錆びついたように色が変わっている。別世界のようだ。おそらくこの道を走る車はそのほとんどが観光客で、地元の人々はこの埃という迷惑を被っているだけなのじゃないか?と思わせるほどに酷い埃だ。そして例の如くアクティビティを提供しているのは外国からやってきた人達だ。アフリカの典型的な観光業のスタイルだ。
それでも私たち二人を指導してくれるインストラクターはウガンダの人だったり、川まで連れていってくれる車の運転手も地元の人を使っているのでいくらかの雇用は生みだしているのだろう。

インストラクターのデイビッドと共に車に乗って川の上流に向かう。スタート地点に着くが川はまだ見えない。ここから30mくらい下ったところに川がある。そこでセイフティジャケットとイカみたいなスカート(カヤックと体をくっつける)を付けていると川の方からも、小学生低学年くらいの子供たち十人くらいが続々と登ってきた。息を弾ませている。そしてあたかもそれが普通であるかのように我々のカヤックを担いで坂を降りていった。
決して子供たちの顔には辛さや無理強いされているという様子は見えなかったが、観光業が子供を使っていることにアリフと二人顔をしかめてしまった。それでも彼らの楽しそうに働きワクワクした様子でムズングを眺める姿に何だか救われた。

そう言えばここ二年くらい泳いでないんじゃなかろうか。そんなことを考えながらカヤックに乗って水の上へ出る。初めはひっくり返った時の練習。アリフが初めに。次に私が。ん?顔を水に沈めることに抵抗がある自分に気が付いた。少し怖いのだ。うまく脱出できるかもそうだが、潜ること自体に少し恐怖を感じていた。それでも一度やってしまえばなんのその。トビウオと呼ばれたことは一度もないが、タニシくらいの実力はあった私は潜ることへの抵抗はすぐに薄れた。しかしメガネをかけたまま潜るのは相変わらず不快な気分になる。メガネがなかったら視力検査のCの一番大きいやつどころか、その装置すらどこへあるのか目を凝らして探さないといけないレベルの私は、メガネをなくしたら手を引いてもらわないといけない。それだけメガネへの依存度が高いので旅にはメガネを三つ持ってきていたが今日は一つしかない。そういう意味で不快だった。用心のため後ろにテープ紐をつけた。

もっと脱出や櫂で漕ぐ練習をするかと思ったら、デイビッドは一度やったきりで我々二人を連れて水のうねりへ突き進んだ。時間がないのも分かるがもう少し練習をしてもいいんじゃないか。真っ直ぐ進むのもままならない状態で初めの川のうねりに飲まれた。遠くでは大したことがなかったうねりも近くに行くと自分のカヤックがちっぽけに思われるほどに大きかった。ポニョの波は意外と誇張ではないのかもしれない。一つうねりを越えたらまた次のがすぐ目の前にいる。そうこうしているうちにいつしか船体が波の面に対して平行になってしまい、ずっこけてひっくり返った。スノーボードでフロントエッジが斜面に引っかかってずっこけるみたいに。すぐに脱出できたがうねりに飲まれて揉まれ顔が水面に出せない。下半身が渦に引っ張られるようにして水を?いても?いても同じ場所に留まったままだ。あと少しなのに!と思い全力で?いていたら川の方が私を離してくれて顔を水面に出すことができた。水の力ってすごいな、と改めて感じた。川が私を求めたら完全に拒めなかったなと思った。顔が水面に出ても目の前に波の山が立ちはだかり、インストラクターの姿は見えない。アリフも見えない。その波をふわぁっと越えるとインストラクターが見えほっとした。アリフももう一人のインストラクターのカヤックに捕まっていた。途中からたまたま合流したこの別のインストラクターがいなかったらもう少し深刻になっていたんじゃなかろうか。さすがアフリカだ。

私もデイビッドのカヤックにたどり着いて、瀞の方へ連れていってもらった。カヤックに入った水をデイビッドが掃き出してくれ、再び乗り込む。なかなかエキサイティングだが、波に揺られていたら二日酔いが復活してきた。水面は動いていないのに遠くの景色が後ろに流れていくので、それもまた気持ち悪さを助長させていた。あぁ次も同じような波があったら吐いて仕舞うかもしれない。しかし一度ひっくり返ってコツを掴んだせいか、次の波以降ひっくり返らずに済んだ。しかし少々攻めの姿勢が欠けていたのではないかと終わった後で反省した。一方のアリフは攻めの姿勢を崩さず、毎回うねりに誠実にぶつかってはひっくり返っていた。
流れが小島で二股に分かれている場所でアリフは流れに逆らえずにインストラクターとは別の方に行ってしまい、岩に当たり、そして流され死にそうな目に遭ったらしい。そのアリフを助けに行くため、インストラクターはものすごい速さで進み「ついて来い」と言うが、初心者の私はいくら頑張ってもどんどん離されてしまい、一人ぼっちになってしまった。ここでひっくり返ってうねりに飲まれたら。。。とドキドキしながら彼を追った。そして500mほど下ったところでようやく彼らに合流することができた。アリフは濡れそぼった様子で恐怖で萎縮していた。が、その好奇心に満ちた目だけは健在だった。「死にそうだったよ、怖かった」という顔はどこか興奮で輝いていたのを私は見逃がしませんでしたぜ、アリフさん。

その後は緩やかな流れでリラックスしながらゴールまでゆっくりと静かな川面を滑っていった。そしてゴール地点に着いて、今度は自分でカヤックを担いで坂を上る。意外と重く、これを子供たちが担いでいたのだと思うと、彼らの体力に感心する。そしてアリフはビールを、私はファンタオレンジを。ビールの香りに再び吐きそうになったがファンタの香りでごまかした。

そしてその後は茶畑やサトウキビ畑に入り込んでゆっくりとした。森林探索では私はツリフネソウの種弾き(日本のものよりバネが強力でパワフルに飛ばす)に感動して、アリフは気に入った木の種か実生がないか探して楽しんだ。

そして夜にはカンパラに戻ってきた。

2014年7月15日火曜日

あなたは何者ですか!?

アフリカでは先生の給料があまりに安いので、先生が副業で何かを販売していたり畑仕事をしていたりする。もちろんさらに給料の安い警備員が各種副業をこなしていることは想像に難くない。
しかし今日は世の中には泥棒を副業とする警備員がいることを知って少しばかりショックを受けたので紹介したい。

レストランは営業が終わって朝までは警備態勢が固くなる。営業中はレストランの警備スタッフが一人だけだが、夜は警備スタッフに警備会社、そして警察の三人によって守られる。というのも以前レストランのシェフが住む離れの建物に強盗が押し入り、シェフのアーロンが頭をバールで殴られ、金庫のお金が盗まれるという事件が起きていたからだ。

警察や警備員が来なかったり、早めにとんずらこいて消えてしまっていたり、椅子を並べて寝てしまっていたりと色々とあったが、一度侵入者を追い払ったりしてここのところは落ち着いていた。

私は会計室のカギを預かっており、毎朝ドアを開けてスタンバイする。その日はドアを開けるとなぜかレジの引き出し(?会計するとチン、と出てくるやつ)が開け放たれ、入っているはずのお金がコイン三枚を残してすべて消えていた。そして机には足跡があり、普段は地面に置かれている煙草のケースもパソコンの隣に乱雑に転がっていた。すぐにこりゃヤラレタ!とわかったがパソコンやプリンターその他機器類が全くの手付かずだったのが不思議だった。そしてもしや、、、と思い机の後ろの見えにくい場所に備え付けてある小さい金庫を見ると案の定無残に破壊されてお金が奪われていた。総額4万円。翌日の野菜支払いに備えて昨晩キャッシャーに多めのお金を残しておいたのが不運だった。

すぐにアリフに連絡するが警察は呼ばないという。はなから警察を信用していない。泥棒はスタッフルームと会計室の間の壁を破って侵入しており、スタッフの服も一着盗まれ、ラウンジミュージック用iPodも盗まれていた。その日はうちの警備スタッフが休みの日で、警察と警備会社の警備だけだった。そしてスタッフルームには警備会社の警備員のものと思われる銃が放置されていた。忘れたのか、それとももう必要ない、というメッセージなのかわからないが、朝は警察も警備員もおらずこの銃だけが残されていた。

残された靴の足跡もコンバースのもので、例の警備員が履いていたのをうちのスタッフが何人も目にしている。そして何よりその警備員と連絡が取れないというのが大きな理由となって警備会社が盗まれたものを全額弁償する話で決着がつくかつかないか、といったところ。警察は直接関わっていなくとも、何らかの事情を知っていたのかやはりこの日以来来なくなった。

信頼すべきものを信頼できないというのはとても悲しいがアフリカではそこまで珍しいことではない。チャールズがよく口にする言葉にこんなものがある。
「自分の母ちゃん以外は信用するな、父親もだ」

ウガンダは凶悪犯罪こそ少ないが窃盗などは頻繁に起こっている。






2014年7月7日月曜日

ウガンダのロレックス

ウガンダの人は「ロレックスは身に付けるものじゃなくて食べるものだ」と言う。まさか食っちまったら価値なくなっちゃうじゃないか。価値がなくなってもいいのだ、だって一つ40円くらいだから。

私がまだロレックスを食べたことがないと言うと、「よし、じゃあ仕事が終わったら食べに行こう!」という事で真夜中の裏街に繰り出すことになった。
レストランは閑静な高級住宅街にあるのでアフリカの夜にしては静かだ。最近雨が多いせいか朝晩は冷え込む。今日も涼しく湿った空気を夜は醸し出しており、花の香りや草草の匂いが優しく香っていた。月が納戸色の空に滲んでいる。
そういう爽やかで清涼な環境から、人いきれに男と女の駆け引きがロマンスを纏って蠢く裏街に向かう。車で15分位静かな街を走る。幹線道路沿いは店やガソリンスタンドなどは数件を残して軒並み閉まっており、意外なほどに静かだ。こんな街の風景を見ているとどこににぎやかな場所があるんだという思いになるが、幹線道路を少し入った場所にその場所はあった。

平日の深夜なので人は少ないが、通りにはぼやっと薄暗いクラブが並んでいる。通りから覗いてみるとどのクラブもほとんど人がいない。鈍い光を照らされた空席だけがうるさい音楽の中、静謐に佇んでいる。闇が深く淀んだ場所には車が縦列駐車して並んでおり、セクシーな女性がぽつぽつと車に凭れるように立っている。銃を背中にぶら下げた警備員が一人の女性に声を掛けている。厳重注意?と思いきや楽しそうにナンパしているじゃないか。どっちの銃かは知らないが、俺の銃は触ると危ないぜ、とでも話していたのだろうか。とにかくそんな警備員を見ていると、ここは安全なのかな、と思えてくるから不思議だ。

明かりがあるところにはローストチキンやロレックスの店が並ぶ。しかし相変わらずここはアフリカ、どの店も本当に似たような商売をしている。ソースをいくつも用意するとかもっと他と差別化すればいいのに。。。その明かりを少し分けてもらうように地面に近いところでは女性が座って洋服を広げている。こんな深夜に洋服を買いに来る人がいるのだろうか甚だ疑問のもんチャンだが、商売があるということはそこには需要があるのだろう。その証拠にアリフとチャールズは煌々と明かりの灯った一軒の洋服屋に吸い込まれて行った。こんな時間に服を買おうとする人っているもんなんだなぁ。私も夜蛾になるべく後を追う。入り口にはマネキンがいかしたズボンを履いており、それに二人は引っ掛かったのだ。奥から体の大きなでも人のよさそうなお兄ちゃんが顔を出した。洋服はコンゴやナイジェリア、中国、タイからやってくるという。確かに先ほどのイカしたズボンには中国語のタグがついている。

TimberLandやGucci、adidasなどタグを打ったものもいくつかある。どうやってこれらのメーカーがここにたどり着くのだろうか。きっとどこか別の場所で生まれた影武者に違いない。私はお洒落に関しては、二十億光年の無頓着だが、けっこう色んなものが揃えてあって面白かった。元のブランド名が何なのか当てるのも面白かった。そんな風に商品を物色している傍らで、チャールズが店先のアフリカンサイズなマネキンが履いていたズボンを試着しながら迷っていた。明らかにサイズがチャールズには大きくてマネキンのようにイカした感じではなかったが、サイズがこれしかないために迷っていたのだった。結局適当なサイズを店主が探し出してくれるという事で今日は我慢することになった。確かにえんじ色のスキニーパンツで格好良かった。アリフは自分の足には長すぎるということを即座に認めており、試着すらしなかったが後日、小さいサイズを見つけてくれと頼んでいた。

そうやって夜蛾三人は店を出て、目的のロレックスを求めて光のある場所へ向かう。そこらじゅうロレックスの露店なのでどれがいいのか迷ってしまう。途中コンビニのような、倉庫のような店でロレックスに供するビールNileGoldを買う。さてロレックスとはなんだろうか。

ロレックス屋には平べったいパラボラアンテナのようなフライパンが必ず一つあり、店先にはいくつもの捏ねて丸めた小麦粉の塊りがいくつかならんでいる。そして多くの店の主は男だった。そう言えば南部アフリカでは男が露店を開いているのは稀だったが、東アフリカではそれが普通になっていることに気がついた。
男は小麦粉の塊りを一つ掴んだと思ったら油を敷いた鉄のパラボラアンテナにそれをポンと乗せて、両手を仲居さんの「失礼いたしますの手つき」でもってパラボラの上に延ばし広げていく。みるみるうちに小麦粉の塊りはパラボラの上を覆ってしまった。暫く放っておいてからひっくり返して両面を焼く。白かった塊りはすっかりいい狐色に焼けパラボラから外される。これがチヤパティだ。次はプラスチックのコップで塩を入れて溶かれた卵、こっちの卵は餌のせいで日本のように黄色くない、その白い卵がパラボラの上に広げられる。そして角切りトマトとタマネギを乗せてじわじわと焼く。そこに先ほどのチヤパティを乗せ、卵ごとひっくり返して最後にグルグルマキマキとロールする、おぉ!だからロールエッグス、、、ローレックスなのか!

それがビニール袋に突っ込まれ、それをホクホクといただく。クレープよりも生地が厚いので重量感がある。二、三本食べればたくさんになりそうだ。卵のしょっぱさをトマトとタマネギをのフレッシュさが中和して丁度良い。別の露店でも同じようにトマトとタマネギを乗せた卵を生地で巻いたものだったが、そこはトッピングでチリソースを加えられた。バラエティといったらこれくらい。

鶏肉も隣の店に並べられており、眩しい白熱灯のランプに艶が出て旨そうだ。夕飯を食べてきてもいたので腹はいっぱいだ。しかしあの艶を見せられては買わずにはいられなくて買ってしまった。店主と思しき男は携帯をいじりながら網に鶏肉を乗せて気分よく焼いている。しかし彼の眼はまるでチキンを見ていない。てっきり焼いているチキンが携帯の画面に映っていると思ってしまう程にチキンを見ていない。マルチタスクというのはこれか!それでもまぁうまい具合に焼けたチキンが供された。
日本とアフリカではプロフェッショナルの形に違いがあるのかもしれない。

そんなことを考えながら満腹になって夜道を帰路に付いた。

2014年7月4日金曜日

お金の力

私は子供の頃、自分は正義のヒーローになると思っていた。全身タイツは少し不服だったが、まぁそれも正義のヒーローという栄誉の前には些細なものに思えた。そんな私も今では賄賂を使うまでに汚れてしまった。いや、汚れたなんて思っていない。それが普通なのだと。そうやって自己肯定しているうちに、子供のころに持っていた確固たるヒーロー像は裸眼で見るよりも不鮮明に、霧中一町先を見るがごとくあやふやだ。正直言って正義なんてないんじゃないかと思う今日この頃だ。正義とは何か?
あぁ、これはもう末期、サンデル先生の白熱講義を受講するしかない。

ウガンダのビザは三カ月分だったので少し延長する必要があった。申請書にはカンパラでの滞在先と請け合い人の情報を記す必要があった。素直に今働いているレストランを書けばいいのだが、就労許可もなくレストランに滞在しているというのは些か不審だろうという事で、何でも屋に依頼することになった。まぁ働いているのではなく知人のお手伝いだといえば切り抜けられるだろうが、あまり面倒は起こしたくないということでアリフがいつも世話になっている何でも屋に任せた。

何でも屋は色んなコネクションがあり、もちろん移民局にもコネクションがある。申請の日、移民局で何でも屋と会う約束をした。移民局について電話を掛けるとルーム3に行けという。普通申請をするところの建物の裏側にルーム3があった。あまり人目には付かない。ルーム3に入るとそこには何でも屋ではなく、何でも屋の友人である仏頂面の事務員がいた。私が挨拶し「パーシーに紹介されてやってきた」と言うと、彼は相変わらずの仏頂面を貼り付けて唐突に「パスポートと言う」。むむ、慣れている。今まで何人がパーシーに送られてきたんだろうか。そして事務員は私のパスポートを持って消えた。
そしてすぐに延長許可のスタンプを押してもどってきた。

エチオピアビザを得るためにパスポートを日本に送る必要があったので、先月早めに延長申請をしにやってきたときは、窓口のおばちゃん「まだ有効期限きれないでしょ、なんで延長申請必要なの?ダメよ」と前もって何かをするという概念に乏しいアフリカらしい主張で、私が事情を説明しても聞き入れてくれなかった。そんな頑固なイメージが移民局にはあったのでこのあっさりとした感じに拍子抜け。なんだお金をちょっと払えばずいぶんあっさりやってくれちゃうんだな。

お金こそが正義。そういう世界もきっとどこか世界の片隅にはあるのだろう。

2014年7月2日水曜日

事はどう転ぶかわからない

いくつか新しいメニューを去る前に加える。中華ショップでレンコンを見つけたのでレンコンつくねを。



昨夜一緒に飲み歩いたチャールズは「今日は仕事いかない」と宣言していたし、アリフは普段から週末辺りはほとんど来ないので、今日はマネージャーなしのレストランだった。

そんな中でレストランで働いていて一番やりたくないな、と思っていた仕事が回ってきてしまった。
クレーム対応だ。
日本語でだって難しいのに、英語を自由に使いこなせない私にはかなりの精神的負担だ。でも日本だったら、これだけの能力ではこんなことさせてもらえないだろうな、ということもここアフリカではさせてくれるので自分の壁を乗り越えて色々なことが試せる。

更に言うとクレームに対応するのには英語を使えるだけでは意味がない。そのお客さんの文化を理解した対応でないといけない。しばしば私はアリフやチャールズがヨーロピアンのクレームに対応するのを見て、日本とは違うなと感じていたことがある。彼らはまずなかなか謝罪の言葉は出さない。どうしてそのような状況になったのかを滔々と説明してお客さんに納得してもらうスタイルを取る。日本だったら言い訳せずにまずは謝ったらどうだ?と言われそうだが、ヨーロッパのお客さんにはその方が受けがいいようなのだ。だからお客さんのクレームへの対応は難しい。こと多国籍のお客さんを相手にするようなレストランでは。

日曜日にしては結構な賑わいで昼は過ぎた。日曜の夜は普通、月曜に備えてお客さんがあまり遅くまで残らない。この日も静かに過ぎ去ろうとしていた。そんな時に華奢な体でどこかアンニュイな雰囲気を漂わせている新人ウェイトレスのプレシャスが問題を拾ってきた。中国人と思しきお客さんがフランスのワインがないのはおかしい、とおっしゃっている、ときた。初めはプレシャスがそのクレームに対応していたがどうもお客さんは納得しないようで、給仕毎に日本酒の味がおかしい、イカの刺身に筋があるなどの新たなクレームを担ぎ込んで来る。
少々疲れ気味のプレシャスちゃん。しょうがないのでヘッドウェイターのキジトウが行くが、お猪口に酒を入れたものを持ち帰ってきただけで終わった。責任者に味見させろということだった。そのお猪口に注がれた例のお酒を味見してみるが、私の研ぎ澄まされているわけではない舌にはおかしなところを検知できなかった。むむ、お客様はなかなか鋭い人かもしれぬ。ますます相手は手強い。

オーナーに連絡してどう対処すべきか聞くと、とにかく説明に行って、件の料理と酒は料金を取らないようにしてくれ、ということになった。やれやれ、こんな英語もキチンと話せない私を、クレームをしているお客さんに送り込むとは喧嘩を売るようなもんじゃないのか?とかブチブチと考えながら、お客さんの席のある離れに向かう。もう他のお客さんは姿を消して、離れの部屋に残っているのは件のお客さんだけであった。

スタッフの見立て通り中国からのお客さんだった。親子と思しき二人の男性。息子は20代前半、親父は60歳くらいだろうか。テーブルには途中で放棄された日本酒と、オーストラリアの赤ワインが二本、イカの刺身が二皿載っていた。なぜかその二人のお客さんを目にしたとき、クレーム処理は嫌だなと思っていたものがさらっと消えてなくなった。アジア人で比較的文化が近くてほっとしたということもあったのかもしれないが、何よりもの生身の人間を前にしたときの安心感が大きかったと思う。
私は電話で話すのが嫌いだ。小さいときにいたずら電話を掛けて電話越しにひどく怒られたというトラウマを引きずっているという恥ずかしい理由も否めないが、何よりも相手の顔が見えないのが嫌だ。相手の情報が少なすぎる。匂いもないし。メールは顔も見えないし声も聞けないがまだいい。なぜならそれは文としてのコミュニケーションと割り切っているからだ。
ウェイトレスからお客さんのクレームを聞いたときは、まだお客さんがどんな人かわからない。いくらでも想像によるキャラクタライズが可能だ。頑固な人だったらどうしようとか、お前はどうしようもないやつだ!とか罵倒されるかもなぁ、とかね。
でも初めに彼らと対面して話して思ったのは、「あぁ、話せば分かってもらえる」ということだった。結局のところクレーム処理だって人間同士のコミュニケーションであって、楽しめばいいのではないかということに気がついた。勿論楽しんだだけで終わっていまえば、それはお客さんの誠意を踏みにじることになるから、改善すべきところは改善しなければならないが、多くのお客さんのクレームはアドバイスであると考えれば気が楽だ。


さて、英語を話せる息子と対峙して座った。片言の英語をしゃべる親父さんは私の右手に。二人とも真剣だが度を越えた怒りを見せているわけではなかった。日本酒の味が一回目の注文と二回目ので味が違う、二回目は水を混ぜただろ?と聞かれた。まさかそんな事はするはずがない。でももしもお客さんがそのように感じたのであれば彼らの怒りは十分すぎるほどわかる。とにかくまずは不快な思いをさせてしまったことを詫びた。日本人である私は根っからの謝り症が身についており、どうにもならず、お詫びの言葉がまず初めに出てしまった。もう国民症に違いない。

彼らに味見してみろと差し出された酒を口に含む。特にいつもと変なところは見当たらない。正直に「私には水が混ぜられているようには感じない」、と言うべきか、それとも彼らにおもねって「あなたの舌は確かだ、これはおかしい」と言うか刹那の逡巡を経て、正直にいつもと変わらないという旨を伝えた。相手を怒らせてしまうかもしれないなぁと思いながら。
しかし意外にも相手の男性は、お前の舌は腐っているな!なんてことは言わずに、「そうかぁ?この味じゃ水混ぜてるでしょ?おかしいなぁ。じゃぁこの筋のあるイカの刺身はどうだ?」
すると隣で英語をしゃべれないながらも親父さんが「ほら、ほらっ」と口から出したに違いないイカの筋を得意げに見せてくる。むむ、これは確かにイカの皮をうまく剥がしていなかった我々のミスだ。これまたペコリ。

オーナーの言う通りにイカとお酒はお金を頂かないという旨を申し出るが、お金の問題でないと言う。ごもっともなり。ただ気にいってもらえない料理で料金を頂くわけにはいかない。しばらく粘ったがそれでも食べたものは払うという。彼らの意思は固かった。彼らの意思は変えられないと踏んで、今後はこういうことがないようにスタッフ一同気を付けることを伝え引き下がることにした。

すると意外にも「しっかりと対応してくれてありがとう」という言葉を投げてくれた。この言葉で緊張が一気に溶けた。
彼らが赤ワインを飲んでいたので、ウガンダ在住の日本の方が丹精込めて作っているビターチョコレートを手に再び親子のもとを訪れた。それからがまた大変なことになった。
今度は破顔でのお出迎えなのだ。ななな、なんだぁー?さっきの意地悪そうな顔はどこへ行ったのだ?
チョコレートを差し出すと「まぁまぁそれはもういいから」と私を掘りごたつ式の座に座らせた。そしてワイン飲むか?ときたもんだ。なんだか嬉しくなっていつの間にか彼らと一緒にワインを一本空けていた。
話を聞くと今日は親父さんの60歳の誕生日だという。そして親子水入らずで我々のレストランに来てくれていたのだった。親父さんはウガンダでの商売で成功して裕福そうな話をしていたが、色々外国で成功するには苦労も多かったに違いない。アフリカで出会う日本人は富裕層か、または旅人(旅をしている暇があるくらいだからまぁそこそこ恵まれた人たちであろう)である。一方中国人は大使館などの一部を除けば、その多くは中国の農村で貧しい生活を強いられていた人々だ。初めは英語を話せないでやってくる中国人も多い。それでも血縁や知り合いを頼りにアフリカという未知の世界へやってきて、家族ぐるみで小さいビジネスから始める。彼らもそうであったのだろう。一人息子と共に築き上げてきた喜びをささやかに分かち合っていたのだ。60歳という区切りの日に息子が親父を労うためにもてなし、楽しく酒を飲もうとしたら酒の味がおかしいとなったらそれは大変気分を害されるだろう。特別な日であると知ってますますペコペコした。
しかし親父さんは「もうそんなんはいいから、それより一緒に飲めてありがとう」と言って、首の辺りに優しく両手を合わせて、少し首をかしげるようにして私の目を覗きこみ何度もお礼を言っている。初めのクレーム時には見せなかった、優しくそして満たされた笑顔がそこにはあった。いつしか連絡先を教え合って、また飲みましょうと言っていた。そんな不思議な出来事がこの世にはあるのだからたまらない。

何はともあれいい思い出になったようでよかった。レストランで働く人間にとっては一発逆転のような喜びがあって、仕事が終わってすぐにベッドに転がり込んでぐっすりと眠ってしまった。

2014年7月1日火曜日

戦争を放棄した国

倉庫番のエドウィンにこんなことを聞かれた。

日本は世界大戦で負けて戦争を放棄したんだよね。

日本といったら、車、空手、テクノロジー、サッカー、、、ぐらいしかアフリカではあまり話題に上らなかったのでこの質問に驚いた。
今までも歴史の授業で原爆の話はかなり印象的に伝えられているようで、
「日本語話せるよ」「え、なに?」「トウキョウ、ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ」
と言われたことはあったが、「戦争を放棄した国」ーーーー日本というよう形で日本を認識している(ことを口にした)人には初めて出会った。

しかし現在の日本の状況を鑑みるとこう答えなければならなかった。
「日本もね、憲法解釈を今変えているところで、もしかしたら戦争放棄しなくなるかもしれない」
特に彼は驚いた風でもなく、ふーんと言ってその話は終わった。

侵略戦争をしないと掲げている国はさほど珍しくはないだろうが、紛争解決の手段としての戦争を放棄している、または国際法上認められた集団的自衛権を放棄している国は聞いたことがない。だからこの平和憲法を世界遺産に登録しようなんて言う奇抜なアイデアが出てくるのだろう。

ネット環境が比較的いいので、日本から遠く離れたアフリカでも日本のニュースが入ってくる。
都議会のヤジに加えて、泣き男の会見、一次リーグ敗退、そしてやはり最近のトップニュースは集団的自衛権の閣議決定だろう。
私が日本を発ってから秘密保護法が決まり、河野談話の見直し、さらに憲法九条の解釈変更を安倍政権は推し進めてきた。安倍政権の良し悪しは置いておいて、やはりこれだけのことをこの期間にやり遂げた力は凄いと思う。ここ十数年のショートトラックリレーとは何かが違う。東日本大震災があって、色々な分野が打撃を受けて日本全体が腰を据えて将来を考えないと、こりゃまずいという風にでもなったのだろうか。とにかく短命政権では何も変わらないということに気づいた。
その激しい変化の間すっぽり日本にいなかった私は何だか完全に取り残されてしまっている気がする。日常生活で言えばスマートフォンが普及し、LINEで人々が縛られ(閉じたイメージを持ち束縛の意味合いを含むROPEの方があっているんじゃないか)、益々ゆるキャラの社会的地位が高くなり、AKBの総選挙は政治選挙を乗っ取りそうだし、今年のボーナスが、、、とやはり別世界を見ているようだ。
日本に帰ったら浦島太郎確実だなと感じる。どうか皆さん、そんな太郎を見捨てないでリハビリしてあげてください。

さて、平和。
一人の平和を勝ち取るのはそこまで難しくないが、国の平和、ひいては世界の平和なんて言ったら、一体どれだけのエネルギーが必要なんだろうか?そもそも平和を勝ち取るべくエネルギーを使う考えが間違いなのかもしれない。平和とは安らかなことだからねぇ。

日本は戦後、憲法九条のおかげで平和な時期を過ごしてきた。とか言われることがある。でもそれは一つの側面であって、日本が平和でいられたのは、アメリカとの安保があったり、周辺国の微妙なバランスがあったり、世界の大国同士の戦争を避けようとする流れ、更には宗教的なしがらみがなかったから平和でいられた。歴史は検証実験ができないので憲法九条の平和への貢献度を測ることはできないが、ともかく憲法九条だけが平和へ貢献したというのはいささか傲慢な気がする。
確かに平和憲法は素晴らしいし、いつかはそれが当然になるのが望ましいが、今の段階ではまだ早い。
平和憲法のおかげでアメリカ依存が強く、どうしてもアメリカの顔色を見て行動せざるを得ず、何だか主権国家として少し弱い。そして一番悲しいのは喧嘩っ早くやんちゃなアメリカを友人でありながら意見することができない。中東戦争だって、イラク戦争だってアフガンだって、アメリカが戦争へ強引に進もうとしたときに、日本は一緒に流れることしかできなかった。フランスやドイツみたく、攻撃を支持しない!と言えるだけの強さ(軍事力ではなく。もちろん強さだけでなく各国の利権に関する算段もあったのだが)が日本にはなかった。

平和憲法があって、アメリカ頼りで、独立していないから平和活動に対する日本の発言力は先進国の中でも弱いように感じる。(そもそも軍事介入が平和をもたらすかという議論はあるが。現状は国連などの機関もまだまだ平和活動を模索状態で、効果的な機能を発揮しているとは言い難い)
また日本は国全体が憲法によって守られているから深い議論に入る前に「うちは憲法が派兵を許さないから」と言って門前帰宅だ。そのような状態では平和活動の議論へ積極的に参加することは難しい。

もちろん日本の強みは平和憲法というお守りのおかげで、軍事的な手出しをしない支援に集中できるということがあげられる。また平和憲法という存在が支援をしやすくしているという話も聞く。例えばこの話。http://www.asahi.com/articles/ASG732HC6G73UTIL002.html?iref=sp_alist_nat_n02
http://d.hatena.ne.jp/nice100show/20140520/p1
国際平和活動の最前線で活動してきた人が言うだけあってとても納得させられる。平和憲法を持つからこそ信頼して支援を受け入れてもらえる。丸腰で行くから狙われない。確かにそういう側面もあるのだろう。しかしそれはどの地域にも当てはまることなのだろうか。そもそも他国を支援しやすくすることをベースにして日本の憲法を組み立てるのは人が良すぎる。まずは自分の国を守ることを最優先に考えるのが自然な流れではないか。

加えて憲法の縛りのおかげで外交において明確なメッセージを発しにくい。アメリカが戦争へ行くとなって、日本は同盟国だから「支持」とは言うが憲法の縛りのおかげで軍事的な協力はしない。なんなのだこの支持は。お友達だから暴挙に目をつむる。同盟国だけど「うちは戦争放棄しているから」一緒に戦えない、という。自分に痛みがないから安易に支持に流れる。
本当に世界の平和を求めるなら、やんちゃなアメリカが早とちりしそうになったら、それを外交で止めるだけの力を持ってほしい。一緒に戦うという選択肢もあるが、今回はあなたが間違っている、だから一緒に戦えない。というメッセージをしっかり発信してこそ世界平和への貢献ができるのではないか。今の憲法と外交のスタイルでは日本は世界の安定に政府の外交的な寄与はしにくいように見える。もちろん国際平和活動は民間で行われているものも多く、それらを邪魔しないように(前述の話など)バランスを取って行う必要はあるが。

新聞社のニュースサイトや各個人のブログでの護憲派、改憲派の議論を読むとそれぞれが相手の事を「国の事を考えていない」「平和ボケ」「軍国主義」とか言う言葉を使って誹謗しているのがよく目に付く。ひどいものは各種言論人の人格否定までしている。正直うんざりする。そういう罵倒が何のためになるのか、いや見出しで目を引くのには一躍買うだろうが、全くより良い方向に持って行くのに役に立たない。多くの人が平和を求める姿勢は同じだし、安易に暴力で国際問題を解決しようなんて今の時代思う人は稀だろう。遠くに見ているものは同じだが、そこまで行くプロセスに違いがあるだけじゃないか。もっとお互いが信頼し合える部分を確認し合い、そこからお互いのコンセンサスが取れるような議論を積み重ねていく必要があるように思う。
そういう意味でこの人の意見にはすごく同意した。
http://agora-web.jp/archives/1602408.html

2014年6月30日月曜日

パスポート君の出張

私のパスポートが日本へ一時帰国を兼ねて出張に出かけていた。
日本のエチオピア大使館に用事があったようで今日用事を終えて無事に帰ってきた。

彼は国際宅配便DHLを利用していたのだが、そのシステマティックな様子と快適な旅にいたく感激していた。
私ははじめ彼の出張を聞いたときには無事に帰ってこれるのか?と心配したが、DHLの追跡機能と仕事の素早さにそれらは杞憂に終わった。

そうして私は彼とエチオピア入国できることになった。
それにしても在日エチオピア大使館の担当の女性の文字が可愛らしくて、ふと先日書いた「かわいい至上主義」を思い出した。

2014年6月28日土曜日

記憶の栞

べっこう飴の斜陽の中 花を拾った

爽やかなレモンを滲ませた白の

少しぽてっとした花 プルメリア

花びらは ひんやりとして 渦を巻いている

吸い込まれるように 鼻を近づけてみる

涼しげな そして甘い 懐かしい香り

いつしか私は 過ぎ去った時の どこか別の場所の

清涼な空気を吸っていた

一つの落ちた 花の記憶の中で



人の記憶って不思議だ。ちょっとした外的刺激でいつかの記憶を猛烈に呼び覚ますことがある。それは香りであったり、音楽であったり、視覚であったり。またはそれらの複合的な刺激だったり。
そういうふとした記憶との邂逅ができるのも三十年生きてきたからこそ。歳を重ねる喜びってのはそういうところにあるのかなぁと思う今日この頃。アフリカで嗅いだ香りも記憶の栞としていつか現れてくれるに違いない。

プルメリアは日本ではそんなにメジャーじゃないので、おそらく似た匂いを持ち、ひんやりとした時期に咲くソケイ(ジャスミン)やジンチョウゲのある風景を私に想起させたのじゃないかと思う。

2014年6月27日金曜日

ハッピーバースデー トゥーユー

うちのレストランは結構誕生日会の場として使われることも多い。
今日は誕生日のお客さんが三組もいてにぎやかだった。にぎやかなのはお客さんだけではない。我らのウェイター、ウェイトレスもここぞとばかりに誕生日の歌を大声で楽しそうに歌う。普段からお調子者だが人のいいシリウス、いつも鼻歌が愛らしいアリー、いつもはクールなバリスタジェイク、紳士のヘッドウェイターキジトウがケーキを手に歌いながらお客さんのところへ持って行く。見ず知らずのお客さんの誕生日を楽しそうに祝う彼らの姿を見るとなぜだかニヤリとしてしまう。彼らは歌を歌うことや踊ることに本当に長けている。長けているのは上手か下手かということではなく、彼ら自身とても楽しんでいるということ。そういう生き方を是非とも見習いたい。

2014年6月24日火曜日

自転車のある風景3

タンザニア

タンザニアの金属の採掘町で。警備員の建物の裏に泊めてもらった。久々のテントで雨にやられた。



私の自転車はどこ?


 宿にて。少しね、じめっとしていて快適じゃないんだけど、安値には頭が上がりません。


君の自転車と一緒に写真を撮ってもいいか?と聞かれた。ほう、俺ではないのか、と少し残念だったが自転車がヒーローになれたんだ、いいじゃないか。



ふふん、このムズングが何しているのか気になるのねー。ちょっと空気入れているだけよー。



 学校の先生は英語をつかえる人が多いので沢山声をかけてもらった。そうして生徒のような子供が聞いている。いい授業じゃないか。



道端喫茶にて。供される茶は、限りなく透明に近いテイストだったがブルーにはならなかった。なぜなら木洩れ日が美しく揺らめいて、そよ風が最高に気持ちよかったから。



タンガニーカの湖に向かう途中の宿で 。小さい町だったが宿はいくつもあり充実していた。



ジンバブエ以降、久々に人の気配のない場所だった。静かで静かでついつい雉撃ちに行ってしまった。





色々ごたごたもあったけど最後までフェリーまで送ってくれたラザロ。オンボロトヨタのピックアップで。





渡し料に彼女の十倍払わされた。しかし他に手段がなく仕方なかった。代替手段を持たなかった私の負けだ。見てくれ、ムズングから金を巻き上げたおっちゃんの嬉しそうな顔を。



 砂時計のようにじわりじわりと沈んでいく。水掻きは客の仕事。沈みたくなかったら水掻きな!ってか。



湖のブルーが印象的だった。きれいな湖に汚い箱が一艘浮かんでいる。



カモも乗船中。俺は$50払ったが、お前は払ったのか?俺は喰われないが、お前は喰われる。お前も$50払えば喰われないんじゃないかな。



 いや、昨夜は雨がすごかった。私は最初ベンチの上で彼らの厚意によって体半分のスペースをいただいて寝ていたが、強風と雨で寝るのを諦めた。そしていつしか私も彼が寝ている場所で寝ていた。


タンガニーカの畔にて。船の写真を撮っていたら俺たちもと。




港町キゴマで。バイクタクシー(ボーダボーダ)の兄ちゃんに自転車に乗らせてくれと頼まれる。すると「俺の技を見てくれ」と静止してみせてくれた。




ブルンジ

軍服の男と話していたら子供や女がやってきてその会話をじっと聞いている。いやぁ、大したことはなしていないんだけどね。


山並みと自転車を撮ろうとしていたら「俺も」と言わんばかりにフレームに入ってきた。どうぞおはいりなんせ。



ルワンダ

植林されたユーカリの木が吐く呼気が清々しい。



少しおしゃれしようとバナナを積んでみた。




キガリからの急登の途中で。休んでいたらどこからともなく人が。道沿いには家なんかないし、人っ子一人見なかったんだけどなぁ。そう斜面に家があるんです。



ウガンダの国境で。国境は物流の要所だ。ものが行き来するだけでビジネスになる。ジーンズを運ぶ男。


ウガンダ

トイレが遠い宿だった。



田舎を走る国道の傍らに一軒小さな露店があったので寄ったらそれはそれは太くて立派なサトウキビが売られていたのでした。トマトに、バナナ、アボカド、青い空 彩り豊かな休憩であった。



重力が恨めしいこともあったことは否めないが。



山を切り開いて造った九十九折の道をひぃひぃと登る



 自分の登ってきた道を感慨深く眺めていたら子供がやってきた。何かを求められるのかとドキドキしていたらただ見ているだけだった。ドキドキした自分が少し嫌いになった。



道に飛び出した牛への衝突を避けるべく転んで負傷した私を暗闇の中宿まで案内してくれたヒラリー君の愛の巣で。彼の愛妻が作る料理をたくさん食べてしまった。七面鳥がペット兼非常食。

2014年6月23日月曜日

回転寿司

今日は回転寿司屋の話をしたい。とは言っても寿司が回転する日本の寿司の話ではない。人事の回転の速い寿司屋(正確には寿司バーと呼ばれている)の話だ。

私が働き始めたのは四月の中ごろだから早二カ月が過ぎた。その中で26人いるスタッフに新しいスタッフが7人加わり、9人抜けた。回転が速い。回転寿司で言ったら「お、しめしめ、ツブがやってきたぞ」と構えたらいつの間にか通りすぎて手の届かない所に行って仕舞う心持ちだろうか。いや大好きなツブだと思ったらナメクジだったという感じかもしれない。

というのも多くは解雇。解雇の理由は盗みや行動が怪しい、またはオーナーに虚偽を働く。というものだからだ。ドライバーで雇っていたコールは兼ねてからガソリンを盗んでいる疑いがあった。いれたばかりのガソリンが数日のうちになくなっていることが幾度かあったのだ。そしてそう言った疑いとともに彼にとどめを刺したのが、仕事中(運転中)に車を止めて私用の電話に出たことだ。上司のアーロンの「それは緊急の電話か?」という質問を無視して、再び尋ねたアーロンに憤慨した態度を見せた。これで彼という寿司は諸々の疑いとともにキッチンのゴミ箱に廃棄され再びコンベアーに姿を見せることはなくなった。

次はバーテンダーのパトリオット。しばしばスタッフが隠れてチョコチョコ余り物を食っているのはオーナーも知っている。それは日本の飲食店のスタッフもそうなので特に違和感はない。しかし時にはその範囲を超えて、余り物ではない物までも手を付けてしまうのが人間の弱さであり、また人間らしいところでもあるのかもしれない。これもアフリカに限らずどこでも起こっていることだ。
パトリオットはある日、客が注文していないカクテルを3杯分ほど作ってカウンターの下に隠していた。それをオーナーが見つけてしまったのだ。即座にオフィスに呼ばれ尋問が始まった。この尋問を切り抜けるためにパトリオットにはあるアイデアが浮かんだ。「あのお客さんはいつもこのレシピのカクテルを注文するから」と言う出まかせを放つ。しかしオーナーはすぐにお客さんに確認してそれがウソであることを突き詰めた。次にパトリオットが考えたのは、どこかおっとりしていて、怒られてもじっと聞くようなタイプの新人ウェイトレスのジュリーが「この作り方で作って」と頼んできたという話をとっさに考え付いた。しかしそんな子供だましのような嘘は本人に尋ねればすぐにわかること、ジュリーが呼ばれすぐに彼のウソがばれた。
ダブルでウソがばれたパトリオットは完全にオーナーの信用を失った。オーナーの「この酒は盗もうとしたのか?」という追求は激しさを増していく。しかしパトリオットは言い訳を次々とだしてくるだけで一向に白状も謝罪もしない。
おそらくオーナーは彼が罪を認めて謝罪をすぐにしていれば解雇するまでには至らなかっただろう。しかし彼は嘘を付き、もっと悪いことに自分より立場の弱いものを陥れようとした。それにオーナーは激怒して胸ぐらをつかんで大声で彼に詰め寄った。勿論お客さんに見えないように会計オフィスのドア閉めて。

全てのスタッフではないが彼らの殆どは、何か疑いをかけられて質問されると面白いくらいにその質問への答えを返さずに、頓珍漢な言い訳や返答が返ってくる。イエスかノーか?という質問でもイエスかノーの答えは返ってこない。圧倒的に強く詰問した時は何とか答えは得られるが、必ずbut...とスカートの裾を踏まれる。論理だって話を進めようとすると本当にしんどいことがある。これだけの数そういう場面に遭遇するとこれはもはや社会現象とすら思えてくる。
かつても自己弁護のきらいが強いことは書いたが、この背景には常に自分の失敗やミスが明らかになった時にひどい目に遭わされるという「怯え」が見え隠れしているように思う。

誰だって失敗した時、罪を犯した時はできるだけ自分の罪を軽くしたいと思う気持ちはある。だから言い訳をする。でもその言い訳は多くの場合徒労に終わる。徒労どころか悪印象さえ相手に与えてしまう。それを彼らが分かっていない。のではない。言い訳することが徒労に終わったり、悪印象を与えるのは日本や西洋だからなのではないか、ということ。

少し生き物の世界のルールに沿って話したい。自然淘汰という言葉は人間世界にも比喩的に用いられるので聞いたことがあると思う。日本だったら高校の生物でも習うし。
寒い環境で生きるウサギみたいなものを想像してほしい。ウサギは毛がモフモフで可愛いなぁ。とは言ってもその毛は本来は人間に愛でられるためにあるのではなく、寒さや外部の刺激から身を守るためにある。寒い環境で毛が細くモフモフで保温性に優れた奴と、毛が剛毛で粗い保温性の劣る奴では、その他の性質が同じ場合、毛が細い方がそうでないものよりもより寒さに強く生涯のうちで多くの子供を残せることは容易に想像できるだろう。そしてこの毛の性質が遺伝的に決まっているものであれば子の世代には細くて保温性に優れた毛を持ったウサギがそうでないものよりも多くなる。それが何世代も続けば寒い地方ではモフモフウサギが固定されてくるわけだ。これが自然選択。
しかし暖かい地方ではどうだろう?保温性が高すぎると熱がこもって熱中症になってしまう。ウサギは暑さに思いのほか弱い。だから暖かい地方のウサギは毛はあるが、剛毛で密度が小さい。気がする。正確に調べたことはないが。
またウサギの耳は発熱の役割も持っているので暖かい地方のウサギ耳は大きく、寒い地方の耳は小さい傾向がある。

何が言いたいかというと、あるものの性質というのはそれが生活する環境が大きく影響しているということと、それが優れているかどうかも環境に大きく左右されるということ。だから生物には絶対的に優れたもの、最強の生物なんて存在しない。敢えて言うなら現存する生物はみな最強。

人間の性質も同じ。
アフリカでは自己弁護が徒労に終わらないし、それが日本ほど悪印象になることも少ないように感じる。それは彼らの社会が論理よりも対話の積み重ねが大事であること、あまり後に引きずらない性格であることに起因しているように思う。さらに「あいつは俺のことをよく思っていない。俺の○○がなくなった。あいつが盗んだに違いない」と言ったようなとんでもない嫌疑が頻繁に降ってくる。これではうかうかしているととんでもない嫌疑をかけられる豚箱に連れていかれてしまう。

一方日本はどうか?
色々な決まりが定められ、科学や技術に裏付けられた論理が大事にされる。日本は相手への印象からその後のその人への対応を決定する因果応報の傾向が強く、印象が後に引き続く。さらに日本では潔いことを良しとする文化、加えて比較的人を疑わず、それゆえとんでもない嫌疑をかけられることが少ないという性質のために言い訳する人が少ないように感じる。


人間の社会ってのは複雑で見ていて飽きない。そして私も誰かに観察されて面白いと笑われているのかもしれない、と思うと益々まともになんて生きていられない!

2014年6月16日月曜日

受け入れるか、去るか


レストランだからたくさんのフォークや皿がある。それが少しずつまるで計画的なリストラでもされているんじゃなかろうかという風に姿を消していく。しかも去り際は極めて静かに。レストランの七不思議の一つだ。
万が一お客さんが盗んだとしてもスタッフが下げ膳時に気が付くはずなので、おそらく七不思議を起こしているのはスタッフだろう。フォークやスプーンは完全に消えていると経営者側が嬉しゅうないと考えたのか、一枚のスチール板から切り出したような安っぽいフォークが据え戻されているからなんだか憎めない。まぁ経営者は気付いているんだがね。

そんな中で最近少し高価なものがいくつか失くなった。小型の無線機と、あるスタッフの携帯電話、そしてすり鉢。さすがにこう立て続いてなくなると経営者側も見過ごせない。
携帯も無線機も管理していた者が数分のあいだ目を離した隙に盗まれた。すり鉢は陶器製だったことと擂り粉木は残されていたことから盗みではなく、おそらく誰かが割ってしまいそれを隠ぺいするために捨てたものと思われる。ものを壊してしまったら減給はそう簡単にはしないからとにかく報告しなさい、と経営者は訴えているが、スタッフは給料から差し引かれると思って隠そうとする傾向がある。やはりそこでも両者の信頼関係が希薄なことが窺える。そしてアフリカの一般的な教育が過ちを正直に謝罪するような人間を育てるようなものではない。失敗して謝罪したらそれは負けで、大変な目に遭わされることが多い。だから彼らは行動を咎められて、まずすることは自己弁護だ。そして追求者の話しを巧みに(?)逸らして、なかったことに持って行く。もうこればかりは社会が作りだしている現象としか言いようがない。社会が変わらないとこのような自己弁護の傾向はなくならないだろう。

そして経営者は全てのスタッフの減給に踏み切った。3%-8%くらいだ。給料の多い少ないにかかわらず定額を差し引いているのでパーセンテージに開きがある。これはただでさえ少ないスタッフにとっては深刻だ。減給の目的は相互責任を負わせることで相互の監視を促すことのようだ。いわゆる五人組制度だ。しかしこれは一種の危うさを潜ませていると思う。まず第一にスタッフ間に相互不信が芽生える可能性があること。第二にスタッフ間で誰かを貶めることが容易くなる危険があること。大らかなアフリカでそのようなことが起こる可能性は低いかもしれないが、何でも起こるのがアフリカである。五人組は協力を通じて一体感を授けチームワークの向上をもたらすが、一斉減給による相互監視には協力という面での繋がりはなく、相互不信を生むだけだ。おそらく長期的な目で見たらあまりいい方策ではないだろう。しかしとにかくどうしたらいいのかわかないので実験的に減給をしてみたといった感が強い。

仕事を終えて日付が変わろうとしている時間にスタッフ全員が集められ、全員減給の旨がアリフより伝えられた。その日は特に質問はなく意外にみなすんなりと受け入れたようだった。おぉ、さすがアフリカ。運命という川には従順に流れ従うのか。と思った。

そして今日がちょうど給料の前借ができる日だった。一人ずつ私の部屋に呼ばれ(なぜか私の部屋を使う)、チャールズが一人一人に減給額を伝える。開店当初から働いているコールはその長い体をかがめて椅子に座るチャールズとやり合っている。彼はトランシーバーが盗まれた時にはまだ出勤していなかったといって説得しようとしていたが、チャールズのゴリ押しの一言「減給を受け入れるか、それとも去るか?」の一撃で落ちた。次にやってきたのはこれまた古参のヨークだ。減額を聞いてショックだったらしく、チャールズに「ちょっとそれは多すぎるよ」と言っている。しかしチャールズは怯まない。全員が同額減給されているんだ、と言って説得に掛かる。しかしヨークも負けていない。少し声を震わせながら弱った様子を見せて同情を買おうとする。いや、実際に弱っていた。さらにチャールズが大声を出して「減額は絶対だ」と声を荒げると「そんな殺生な、多すぎるよ」ともう泣きそうだ。チャールズも面倒くさくなったのかとどめのイチゲキが口を衝いて出る。「減給を受け入れるか、それとも去るか?」

もうここまで来ると並大抵の猛者でもなければ心が折れてしまいそうなものだがチャールズは譲らない。とどめの一撃があるから。同情心が湧いてしまうアリフではこのういう役は良くも悪くも務まらないだろう。他の者はチャールズに歯向かっても無駄だということが分かっているので「ちょっと厳しいなぁ」と言って受け入れていく。新参者のロナルドは減額を知らされて明らかに動揺していた。すぐに「少し待って下さい、アリフに確認してきます」と言ってアリフのもとへ助け舟を貰いに行った。アリフも減額には同意していたので受けうつけられず。さらにチャールズの怒声に引き戻される。「おい!何でアリフんところへ行くんだ?俺が話している最中だろ?」と言って怒声を張る。もうロナルドはタジタジだ。いくつか言い訳を言ったが、チャールズの一撃「前借で買った自転車を置いて去るか、受け入れるか、どっちだ?」の前に彼も安らかに撃沈。

調理方はチップを貰えないので減給にはシビアに反論してくるが、給仕方は一日分のチップで挽回できることもあるので意外と引き際がいい。気が利きサービスが行き届いているキジトウは常にいい額のチップを得ている。彼はスマートだ。減額を聞かされても「昨日既に聞いています」と言ってあっと間に去った。さらにいつも「ぉはよう!」と可愛らしく挨拶をしてくるアニータは減額を聞いても全く動揺せずに、むしろ前借を貰えてうれしいのか去る時には鼻歌を歌っていた。アニータのこういう所がたまらない。

そうして無事に全員の前借り兼、減給の旨を伝え終えたリチャードは意外にもさっぱりして楽しそうな顔をしている。並みの人間だったらどっと疲れが出てきそうなものだが彼はタフガイだ。「みたか?どんなに反論してきても、去るか残るかを問えばイチコロだろう?」と言って笑っていた。

2014年6月14日土曜日

かわいい至上主義

日本はかわいいものの地位が高い。
かわいいキャラクター、かわいい洋服、かわいい女の子、かわいい鳩山由紀夫、、、しまいにゃご老人までもかわいいとしてもてはやす風潮が若者の間にはある。
外国の人と一緒にいるとそういう文化が極めて異色なものだと気が付く。そもそも日本以外の人はかわいいものへの興味が薄い(最近は日本の文化の影響で外国でもKawaii文化が根付きつつあるという話もあるが)。

女性の外見に対する好み。モテる女はセクシーで美しいという要素が大きい。だからファッションもかわいい要素は殆ど見られず、セクシーさ一本だ。女性を褒めるのも「cool」や「sexy」であり可愛いに相当するようなものは聞かない。一方日本では女の外見を評価するときに(20代くらいまで)は「かわいい」指標が「セクシー」や「美しい」のそれよりも重視されている気がする。日本で女性をセクシーと評価するのは極めてまれで、パッと思い浮かぶのは檀蜜くらいか。30代を越えたあたりから「美しい」が評価の中心になっていくあたり、外国と比べると少し時間にタイムラグがある。それは日本の女性の容姿が他国の女性に比べて幼い傾向(ネオテニー)があり、そう言う遺伝的な特徴も文化に影響を与えているように思う。逆に日本の社会が幼く見える女性を歓迎してきたという事実が長い年月をかけて日本の女性の顔を作ってきたとも言えるかもしれない。

「かわいい」にはどこか儚げで小さく、弱いものを慈しむ心が含意されている。代表されるのは親が子供に持つ感情だろう。おそらく日本の男は日本の女性を見る時にどこかでそういう守ってあげたいと思わせる要素を常に探しているのではないか。それが「かわいい」という評価となって表出してくる。だから世界の流れが男女同権同等の今でも、女性は常に庇護を受けるべき対象であり、必然とそれが女性を社会的に男性よりも下たらしめてしまっている。そういう日本の文化の底辺に流れるものが日本の男女平等を阻んでいる気がしてならない。

では大人の間でかわいいキャラクターが好まれるのはどういうことだろうか。私は親に先生に「弱いものいじめはいかん!」と1000回くらい言われて育ってきたから、弱いものをいじめることがなぜいけないのか、特に探究したことはなくそれは聖書に書かれている事の如くに絶対的真理であると信じている。本当はどうか知らない。まぁ結局人は皆弱いものだし、全体的なバランスの上での平和を考えれば弱者を救済した方がいいということになるのだろう。今回はあまりこれについては考えないようにしよう。
おそらくそうやって育ってきた日本人は多いのだろうと思う。つまり社会全体が弱いものいじめする人=悪者という風潮だ。いたって健全ではないか。そしてそこに日本人の主張しすぎない文化、悟ってほしいという言わずに伝えようとする文化が入り交ざるとかわいいキャラクターを身に付けたり好んだりする傾向が生まれるんじゃなかろうか。
妊婦さんマークというものを思い出してほしい。あれは完全に言わないでもわかってほしい、気付いてほしいという文化が作りだしたものだろう。何でもさりげなく、あまりことを大きくしないように何かを伝えたい。
かわいいものを身に付けるという行為は「かわいいものに対して好感を持っていますよ」つまり「弱い者の味方ですよ」という無意識の暗示なのではないだろうか。声高に弱い者の味方と叫ぶのは日本の文化的コンテクストに沿うと出過ぎている感がある。しかしその旨を何かを介して伝えたい。それが形となってがかわいいキャラクターを身に付けたり好む傾向に繋がっている気がする。もちろん子供がかわいいマスコットが好きなのは別な理由があるだろうが。

また若者がお年寄りに対してかわいいという気持ちが芽生えるのは一見失礼なように見えて、それは素直に表現できない弱者への慈しみの情なのではないかと思う。お年寄りはその多くは肉体的弱者であって、弱者をかわいいと言って慈しむのは日本の文化らしいじゃないか。だから若者に可愛いと言われたからといって怒らないでほしい。むしろ懐に忍び込んでしまえばいいのではないだろうか。

女性の外見を評価する時に美しさ、セクシーさ、聡明さなどに加え、可愛らしさというがあるのはユニークで私は好きだが、外国の人にはもしかした異様に映っているのかもしれない。

しかし鳩山由紀夫がかわいいのはなぜだろう。未だにその謎が解けずに煩悶する日々だ。

2014年6月10日火曜日

なつかしい香り

カンパラもまだ安いとはいえ、地価がどんどん上がってきている。町の中心部は商店やレストラン、高層のホテルなどの小さいスペースで商売のできるものが多く、広大な敷地を必要とする工場などは少し離れた郊外にあることが多い。レストランで利用するお持ち帰り袋のプリントを依頼するために夕凪の中、郊外へ向かった。


カンパラの中心街


都市といっても日本の東京のように高層ビルがどこまでも広がっているのではなく、ビルやモダンな建物があるのは本当に中心部のみだ。渋滞はカンパラにおいては毎度のことだがこの日は特にひどく、車で行こうとしたのを引き返し、ボーダ・ボーダ(バイクタクシー)にアリフと二人ひらりとまたがった。それをボーダ・ボーダマン(ドライバー)が制した。警察に捕まるという。そうなのだ、法律では二人乗り乗りは禁止されている。が、首都以外でそれを気にしている様子は感じなかった。というのも二人も三人も客を乗せて走っているのを見かけていたからだ。しかし考えてみれば危なっかしい交通手段である。乗客はノーヘルメットだ。自転車に乗っている時ですらヘルメットを被っていた私としては何だか頭が寂しいような気がする。

いやー、力を込めずともすいすい走るバイクは気持ちがいいものだ。また寒くも暑くもない夕凪を切って走るのはこの上なく心地よいものである。車は滞っているのにボーダ・ボーダはその隙間を縫うように進んでいく。

忙しい町を抜けると道は空いてスピードが出てくる。横をあっという間に通り過ぎてあいく町並みが茶色に変わってセピア写真のような雰囲気になった。トウモロコシを焼く煙の匂い、肉を炙る匂い、砂埃っぽい空気。そしてそれらの香りの中で人々の営みがある。今生活しているところよりも人が地面に近い感じだ。建物は平屋だし、店は地面に敷物をしいて開いている簡素なものが多い。家もどこからが内でどこからが外なのか判然としない。内と外の融合。

都会の生活の忙しさのためにしばらく忘れて仕舞っていた風景がそこにはあった。日本に帰ったらそういう風景や匂いを同じように忘れていってしまうのだろうなぁ。そのためにもしっかり記録に残しておかないと。お爺さんになって歩けなくなった時に読んだら空を飛んでいる気持ちにすらなれるだろう。と思って書いていこう。

2014年6月7日土曜日

日本では。。。

なんか最近は日本のことに関する記事が多いのに気付いた。内省に向かっている時期なんだろうか。今日もそんな記事で退屈かもしれないが許してほしい。

アリフは大学で日本の文化を学んでいたので日本のことをよく知っている。たまに日本人の私も知らないことを聞いてくるので、自分が日本人なのか自信がなくなってくる。これはもっと日本のことを知ろう!という気持ちを起こしてくれるので、今まで日本に住んでいながら日本のことに対してあまり興味がなかった私にはいい薬だ。

そんな中で一つ感じることがある。日本は○○だよね?と聞かれるときに感じる違和感。例えば日本のラーメンは白く濁った豚骨スープでしょう?日本人の性格はシャイでしょう?日本人は酒を飲むのに氷を入れないでしょう?などだ。
いまだに日本には侍が闊歩していると信じている人もいると聞く
一方で日本人が抱いているアフリカの人々も古いものが多かったりする


豚骨以外にもラーメンの種類はたくさんあるし、まったくシャイじゃない日本人もいるし、濃い目に作られていて氷を入れて飲むお酒もある。

外国人にとってある国を解するのは非常に困難だ。なぜなら国というのは複雑な個人の集合体で、それが作りだす文化や歴史はとても○○ですと簡単に表現できないからだ。日本人の私ですら日本というものがよくわからん。そんなだから外国人は日本の事をもっとわからないに違いない。

南アフリカで働いていたときに気付いて反省したのだが、人がある文化に入るとその文化を簡略化または要約して理解しようとする傾向が少なからずある。アリフも日本というものについてその要約を行っているに過ぎない。

私自身も今まで通った国の人々を表現しようと誰かに説明したともあった。しかしそれは難しいと何度も感じては断念し、そしてまた懲りずにそれを繰り返した。ブログでも表現しようとしたが、結局できずに私の出会った人々をそのまま描くことに力を入れてきた。極力主観を入れずに。

日本人として「日本は○○でしょう?」への答えにはたいへん窮することが多い。例えばそれは住む場所によっても変わるし、主義信条によっても違う。だからおそらく知れば知るほど日本って○○?の質問にはますます困るのじゃないかと思う。まだあまり日本を知らないから悩みも少ないが、歳を重ねて自分の国を知って行けば悩み多き日本人になるに違いない。

悩める日本人、あぁなんか理想の日本人だ。

2014年6月4日水曜日

日本人が持つ宝物

タイトルがちょっとナショナリストっぽい響きがあって嫌なのだが、決して日本讃美ではなく、日本人もいいものを持っているじゃないかという意味で読んで欲しい。

まずはこの記事を。
日本人が持つ大事なものについて書かれている。
http://agora-web.jp/archives/1587665.html


それは信用だ。
ウガンダに入って働き始めるまでは、アジア人ならすべてチャイナマン!な世界を通ってきたため気付かなかったが、レストランで働き始めてこの日本人が持つ信用について強く感じるようになった。もちろんここが日本食レストランであるということが関係していることもあるだろうが、それだけではない気がする。
レストランで働き始めて三日ほど経った頃、会計係のスタッフが解雇された事は以前書いた。そしてその後釜にまだ何もわからないような私が据えられた。十数万円の売上をこの不審な旅人に一任してしまったのだ。オーナーがしばらく一緒に会計室にいるのかと思いきや、初めの数日のうちに大体のことを教えてあまり来なくなった。別のプロジェクトで忙しいいそうで。
日本だったらバイトに会計を任せるのはさほど珍しいことではないが、ここでは常に隙を狙っているルパンが隠れているので迂闊に会計なんぞを任せたらネコババされるのが常だ。だから会計にアフリカンをできれば雇いたくない、というのがオーナーの考えである。雇うとしたら入念に身辺調査をし、全職の雇い主からの評価なども考慮する。しかしそんな彼も私が日本人であるというだけで一発で信用してくれ、雇い迎え入れ店を頻繁に空けられるようになった。
昨日会ったアフリカ系ドイツ人の国連職員も日本人はあまりしゃべらないが、行動で示してくれるので信用できる、と評価していた。

日本人が持つ信用はある意味で国の財産であると思う。しかし一方で旅行者の中には旅の恥は掻き捨てという態度で、一般的には受け入れられないような行動を取る日本人もいるのも事実だ。例えば後の人のことを考えずに美しい砂丘に自転車で登ってめちゃくちゃにしちゃうとか。。。私じゃないよ。
長い時間をかけて培ってきたものだからちょっとしたことでそれが失われてしまうのは惜しい。
これらの信用は、勤勉、誠実というところから来ているらしい。しかし裏を返せば自由な発想ができない、臨機応変な対応力にかけるなどの欠点と結びついていることも見落としてはならない。簡単に言ってしまえば日本人は嘘を付かないということだろう。私の仲間のアフリカンはちょっとしたことでもウソを付いてしまう習性がある。例えば給料計算の時、「先月何日休んだ?」「ゼロです(きっぱり)」「あ、ちゃんと記録してあるから調べればわかるからね(はったり)」「三日休みました、、、(けろり)」とこんな具合。悪意のある嘘もあるが、大方習性としてのウソ、デフォルトがウソ、ウソから始めて少しずつ真実に近づく、といった感じだ。南アフリカで先生として働いていたときも友人のUSBメモリが生徒に盗まれ、犯人を見つけたときに「USBを盗んだでしょ?」「いいえ(ケロリン)」ボディチェック、、、そしてポケットからUSBが。「なんだこれは」「あぁ、借りようと思っただけ」といった具合だ。つい自己保身のために嘘を付いてしまう。これは個人の問題ではなく、ある種の文化的な臭いがする。嘘を付く文化ではなく、嘘を個人に付かせるように育てる文化や社会。子供の時には嘘も本当もなく先生や親の都合で罰せられる。小さいときから、本当のことを言うメリットがない社会で育っていく。
小さいうちから道徳的な観点で「嘘はいけない」と考える子供はいないだろう。最初は親や先生が真実を話すことを心掛けるように、導いていく(褒めたりメリットを与えるのだろうか?)。それを人生の中で積み重ねているうちに、嘘を付かない方が自分も人も苦しくならないということに気付いていく。そういう経験が多い社会では嘘は減っていく。しかしアフリカのように、物事を追求するということがたいてい途中で終えられる社会(横領してもその追求はいつの間にか収束していることが多い)では嘘を付く人間が損をしないことが多い。つまり自分はハッピー、他人は非ハッピー。そこに格差を是認する(せざるを得ない)社会風土が加わる。自分と他人の幸福度に違いがあっても、もともと社会にある大きな格差のためにあまり気にならない。あるいは「しょうがないでしょう」といって納得する。

一緒に働いているフィリピーノも日本人に寄せる信頼は篤い。
今世界で旅している私は先達が作り上げてきた信用のおかげで、ずいぶん旅のしやすさを享受しているように思う。これを次の世代、引いてはもっと後の世代にしっかり繋げていくのは今世界に出ている人たちに掛かっている。信用があるっていうのはやはり人間同士の関係を築く上で大事なことだから是非とも守って、世界の人々とつながっていったら楽しいし、社会も元気になるに違いない。
そして前掲の記事の最後でも述べられているように、その信用をよく利用して世界で活躍すべく日本人はフィリピン人のようにどんどん外に出ていってもいいのかもしれない。

2014年5月27日火曜日

ヘンチクリンな国、ニッポン

先日チャールズとこんな話をした。
チャ「日本は遅れているよね」
私「ん???どういう意味?」
チャ「世界の潮流に乗り遅れている」

確かにそうかもしれない。例えば世界で流行っているヒップホップやラップは他の国に比べ存在薄いし、二年前くらいに流行ったPSYの「江南スタイル」も他の国ほど日本では受けなかった。代わりに日本では世界に類を見ないマスガールズグループAKBが大フィーバー。
ドラマにしても最近は外国のものも充実してきてはいるが、英語を日本語に吹き替えたり字幕を付ける必要があるのである程度の幅の制限がある。アフリカやフィリピンなど英語を使う国では違法コピーだろうがなんだろうが玉石混淆多種多様な映画や音楽が入り込んでいる。

そして極めつけは、
「日本人は男も女も陰毛を剃らない、それは遅れている!」と言われてしまった。な、なぜそれを知っている!?さすが日本食レストランで働いているだけある。いや待て!このレストランではヒジキを扱っていないはずだぞ!?なぜ知っている。
そうなのだ。意外にも外国の人ってお毛々を全部剃るのが普通なのね。日本でも剃毛派はいるがまだまだマジョリティーを獲得しているとはいいがたい。ちなみに私は日本ではマジョリティーの方だ。あ、聞いてないよね。帰ったら日本が剃毛フィーバーになっていたら嫌だなぁ。一人乗り遅れてしまう。今のうちに剃っておこうか、否か。。。

日本のポルノは海外でも絶大な支持を受けているが、あのお毛々はいただけない、萎えるよーという意見をしばしば聞く。中学校の頃、同じ部活の変態君が(私じゃないよ)「毛を剃ったらチクチクする」と言って、他部員にドン引きされていたが、今考えると彼は時代の先を行っていたのかもしれない。いつの時代も先駆者は異端というレッテルを貼られ虐げられる運命なのだ。剃毛派もその例に漏れずか。。。


話を「日本が遅れている」ことに戻そう。
何をもってして遅れているというのだろうか。
彼と話しているうちに少しずつ彼のいうモダン、現代的な潮流というものがつかめてきた。それはどうやら西洋化、アメリカ化することをモダンと考えているようだった。しかしそれは本当の意味でモダンなものなのか?と言いたい。下の毛の話で言えば、日本は江戸時代の記録に陰毛処理があったことが記されており、日本において下部剃毛はさほどモダンなものではなく、むしろ時代遅れのものと言えるんじゃないか。さらに言うと、線香などで焼き切り毛先を丸めることで、私の友人の悩みであったチクチク感すらも対処していたという。そう反論したが、あまりにコア過ぎて彼を説得できなかったのは日本男児として痛恨の極みである。日本国の皆様、誠にかたじけない。

確かに世界の潮流、流行りというのはある。しかしその潮流って言ったって世界人口のいくらが乗っているというのだ。

一時期グローバル化なんて言う言葉が流行ったが、私はグローバル化は好きでない。当時の日本のグローバル化はどうしても西洋追随的な要素が大きくて、東洋や他が持つ文化を否定していく脱亜入欧的な作業であったように思う。確かに今ある資本主義の概念は西洋で生まれ育まれてきたものなので経済中心で話をすると、どうしてももともと東洋やその他の地域に根付いていた文化や様々な基礎が否定されがちになる。まだその傾向はあるにせよ、現代は経済力が全てという時代ではない。国の価値は経済ではなく積み重ねられてきた歴史や文化であって、経済はそれらが生みだす一つの結果に過ぎない。

私の場合。旅をしていて一番興奮するのは他では見られないものを見たときだ。その土地土地のユニークさ。人々のユニークさ。下手なグローバル化はそのユニークさを奪う。だから前時代的なグローバル化が嫌いなのだ。
このユニークさに関しては日本は英語使用者が比較的少ないおかげで今のところずいぶん恩恵を受けていると思う。英語での文化共有がしにくいためにユニークさが保たれ、更にはそれが独自に進化するといったことが起こる。ガラパゴス現象だなんていう言葉が生まれたのもそう言う背景があったからに違いない。

もちろんそれでよかった、よかったとはならない。今の日本のユニークさは消極的な姿勢から受けている恩恵なので今後その状況が続くとは期待できない。英語での情報共有ができないことが不利に働く可能性はある。いいか悪いかは別として日本の政治が積極的になり始めている今こそ、文化の面でも日本は積極的に行動していくチャンスかもしれない。それはクール・ジャパンとしてすでに日本食、酒やアニメなどの分野で進められている。

今の日本は前世代的なグローバル化は去り、自分の国が持ついいところに目を向けていっていることが伺える。再発見!的な。下手をするとナショナリズムになるが、一人一人が外の世界をしっかり見てバランスを取ってさえいればそれはパトリオティズムとなり、それは日本にとっても世界にとってもとても喜ばしいことだと思う。

ヘンチクリンであれ、ニッポン!








2014年5月25日日曜日

太陽と北風

太陽と北風という話があったが、今働いているレストランの経営者の二人の性格がそれを表現しているなあと思うので少し紹介したい。

アリフとチャールズは日本料理屋で働いている時に知り合って、ビジネスパートナーとしてともに異国の地ウガンダで日本食レストランを開いた。
アリフの経営におけるモットーはさすがカナダらしい「働く人みんながそこそこ満足できるような経営」を目指している。一方チャールズはいかにもアジアらしい全体主義的な「個々が多少は我慢して全体的によくしよう」というものだ。この信条の違いはあらゆる場面で現れてくる。例えば休日について。アリフは事前に報告すれば休日の変更は可能だがチャールズは一切認めない。体調不良のための早引きもアリフは話を聞いて判断するが、チャールズは冷たい程に許可しない。まかない料理もアリフは充実させて満足いくようにさせたい、と考えるがチャールズは決められた額でやらせようとする。給料もアリフは能力によって比較的簡単にあげようとするがチャールズはあまりそれに乗り気ではない。
一見するとチャールズが冷たく厳しすぎるようにも見えるが、単純にそうとも言い切れない部分がある。例えば休日を急に連絡なしでいれたり、偽りの理由をでっちあげたり、どこまで信じていいかと言われると日本のように信用できないのが現実だ。
どちらにも分があるので何とも言えないが、アフリカンに対してアジアの厳しく締め付けるやり方は難しいのかな、とも感じる。かといって緩くすると舐めてかかるということもあるのでバランスが大事。だからこそこの二人は正反対の信条を持ちながらもくっついたのかもしれない。その間に挟まれ時々悶えながら、私は楽しんでいる。

2014年5月13日火曜日

ルパン

フィリピンでもルパンは人気のアニメのようでチャールズがルピーン(英語発音はルピンなのだそうだ)と言ってレストランのスタッフを罵っていた。というのも私が店に働き出して三日目に大規模な横領が発覚したのだ。店の帳簿管理がおざなりなため正確な数字はわからないが、毎日ではないが取られた日は一日当たり4万円ほど、多いときは12万円程掠めとられていたようだ。そんなに大量のお金が盗まれていたのに気付かないのは管理する側の問題ももちろんあるが、常に疑ってかからなければいけない社会というのは寂しすぎる。今までもサーモン一尾、ワインをケースごと盗まれたことがあったようで、それが原因で経営者側はアフリカ人スタッフを全く信用していないうえ、やはりどこか距離を感じる。

盗みの主犯格と見られるレジ係の二人は翌日即刻クビ。そして証拠はないがかなりのアフリカ人スタッフも関わっていると経営者側は疑っている。しかし警察沙汰にする気はないようだ。警察に届けてもお金は返ってこないから、と言うのが理由だそうだがもっと事情が複雑なように見える。

さてどうやって見つかったか。その日はとても忙しい日でかなりの売上があったと思われる。しかし店を閉める時にオーナー自らがコンピュータに記録された売上を計算すると思ったよりもかなり少なかった。そこで何かがおかしいということに気が付いたようだ。それでパソコンの売上登録を調べていくうちに事態が発覚したというわけ。レジ打ちの一人は罪を告白したようだが、もう一人はかなり動揺しながらも白状しなかった。しかし彼が最近トヨタのランドクルーザーを購入しそれで通勤していたことが目撃されており、そして服装も携帯も彼の給料ではとても買えないような代物を持っていた。それを問い詰められた彼は姉に買ってもらったという。
そしてもう一つ、スタッフには毎日昼と夜に賄い料理が出されるのだが、それが近頃手を付けられずに廃棄されているのが見られた。飯は他で食えるからいらないとでも言うかのように。事態が収拾した後は廃棄はそこまで多くなかったので、やはり他のスタッフもなんらかの形で甘い汁を吸っていたのだろう。

何が問題なのか。これだというのは難しいが、見ていて感じるのはスタッフと経営者の両者が表面でしか結びついていない、信用し合っていないことがあげられる。しかもそれはどこで始まったかわからない悪循環によって生み出されていると思うのだ。アフリカでは極めて普通だが時間外でも働かせられる。安定したシステムがないので弱いものが一番追いつめられる。などスタッフが持つ不満は大きい。そして何かあると代わりがいくらでもいるのですぐにクビにされるという怯えがあり、嘘を付いて保身に走る。だから経営者側も期待している成果を得られず益々苛立ち、更に嘘ばかりで本当の情報が入って来ることがなく、うまく行かない。オーナーのアリフは経営が落ち着いたら、スタッフの給料をもっとあげて医療保険もつけてやりたい、というビジョンを持っているがそれがなかなか形にならず、またスタッフとの対話が少ないために伝わっておらず未だに難しいのが現状だ。

ウガンダにおけるレストランのスタッフの支払われる額としてはそれほど安いものではないが、やはり一日12時間働いてそれほどではあまりモチベーションもわかないのではないか、と思う。オーナーは経営が圧迫されているので自分はあまり給料は取っていないというが、それでもアフリカンスタッフとは比べものにならない程いい生活ができる。誤解のないように断っておくが、ウガンダにおいてはアリフはかなりスタッフを優遇している方である。ただ、客四人くらいが一食食べると彼らの一カ月分の給料ほどの値段。ウェイターはそれらたったの一食に惜しげもなく払われるお金をどういう思いで受け取っているのだろう。利益が出ても横領されて帳消し、低賃金が繰り返され、さらにスタッフの鬱憤が溜まりまた別の横領、、、悪循環を断ち切るのは難しい。

横領や不正はアフリカでは頻繁に起こっており、この図式は一レストランに限らず、国レベルにも当てはまる。