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Africa!

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2013年11月7日木曜日

おばあちゃんの誕生日〔Dune 7 by Walvilsbay →C28(parallel with B2 behind the dunes)→ Swakopmund(Youth Hostel)〕

C28: Gravel road but too hard, almost paved road. A car can run by 100km/h.
Youth Hostel: Camping NS20, Dorm NS30, with kitchen and hot shower.


白い砂丘の下、テントの中で疲れの中とっぷりと眠っていると、人の足音が聞こえ目を覚ます。
「よく眠れた?」と聞かれテントから顔を出す。
雇われた管理人らしいキャップを被ったカラードの若い男が煙草を咥えて立っていた。
「ありがとう、おかげさまでぐっすりだったよ」
「あぁ、ゆっくりして行っていいよ」とがさごそ這い出る私を見守っている。
しばらく会話もなく私の朝飯の準備を見守っているので、
「一緒に食べる?」と聞くと、
「いいや、もう食べたからいいよ」という。

「今日は俺の誕生日なんだ」と言うので、
「へぇ、それはおめでたい。ハッピーバースデー」と祝った。
再び沈黙が続く。
私も朝であまり頭が働かないせいか、あえて突っ込んで会話をしようとしない。
霧がかってあまり色のない砂丘の下、二人のもっさりした男が無言で佇んでいる。
調理コンロのごぉと言う音だけがしばらくその場を支配した。
再び男が口を開き、
「実はおばあちゃんの誕生日でもあるんだ」と言う。
私は少し大げさに「それはすごいね、偶然ってあるもんだ」という。
加えて「今日は二人で過ごすのかい?」と聞くと、
「仕事が終わったらおばあちゃんの住むスワコップムンドに行くんだ」と言う。
「誕生日プレゼントを買うんだ、洗剤の詰め合わせ」
「あぁ、それは喜ぶよきっと。いい匂いがするやつか?」
「そう」
と会話が続いたが、そこで切れた。
再び沈黙が続き、私は朝ラーメン用の湯が沸くのを待っていた。

「NS180ぐらいのやつを買うんだ、もう決めてある」とぼそっと言う。
「そうか、それはいいね」
この時私はこの男が何を私に求めているか悟った。
金だ。
本当に今日がおばあちゃんの誕生日かもしれないし、同情作戦のウソかもしれない。
それはどうでもいいこと。
一つ言えることは、それを買うことに私はお金は渡さないだろう、ということだけだった。
私はケチだ。
とうとう、この強情なルンペンに対して彼はあの言葉を言った。
「プレゼントを買うためにいくらかくれないか?」
「いや、それはできない」
「頼むよおばあちゃんを喜ばせたいんだ」
でも私の心は弱い。
あと数NS足りないというのなら、いくらか援助してもいいかな、と思ってしまう。
「で、いくら足りないの?」
「NS180」
「は!?プレゼントを今日買おうとしているのに全然用意していないじゃないか!
おまえ本当にプレゼントを買おうと思っていたのかよ!人から全額集めて買ったプレゼントをおばあちゃんが喜ぶもんか、俺は1銭たりともやらん!」
彼はもしかしたら、全然お金がないと言えばいくらかくれると思ったのかもしれない。
それは価値観の違うところ。アジア人は努力に美徳を感じる民族だ。
今日まで何も努力してこなかった人には援助しようとは思わない。
彼はアジア人のことを知らな過ぎた。
それでも彼は「これからみんなからお金を集めて買う」という。
そして「その自転車を洗わせてくれないか」と言う。
これも彼らとアジア人の違うところ。
彼らの文化ではお金を払って他人に車を洗わせたり、部屋をきれいにさせたりする。
でも日本人はあまりそういうのを好まない。
特に大事にしているものを他人にきれいにしてもらおうなんて思わない。
「これは俺の大事なものだから、君には洗わせられない」というと、
「本当に綺麗にするから」と的外れなことを言う。
アジア人からお金を穏やかにとろうとするなら、彼はもう少しアジア人を知る必要があるだろう。

それでも彼は私の前から消えずに粘る。
そして長い道で空になったペットボトル見て「ペットボトルが必要か?大きいやつ」
「いや、もうこの先あまり水は持つ必要がないから、これで十分だよ」と言うと、
聞く耳持たずにどこかに捜しに行った。

なんだかもやもやとした気持ちで朝ラーメンをモソモソと食べていると、
彼が小さめのペットボトルを持って戻って来た。
「ペットボトルはいらないって、それにそれじゃ小さすぎるよ」と言うとあきらめてくれた。
そして、「今同僚からNS50集めてきた。これが俺たちの文化だ。助け合うんだ」と自慢げに言っている。
「ふぅ~ん、それはいいね。でもそれって単にお互い自立していないだけじゃん、違う?俺はそう思うよ。全然よくなんかない。俺はそれには賛成できないから君を援助することはない。悪いね」
彼は私の言うことを解してくれたのか、そうでないのかわからない様子だったので、
「君は今日になるまでに何か行動した?一日たったNS0.5ずつ溜めれば一年でNS180溜まるじゃん。どうして何もしてこなかったの?俺はそれが信じられないよ」
と彼の吸う煙草に目をやりながらいうが、これもあまりよくわかっていない感じでそこにただ立っていた。
私が彼に言っていることの方が的外れな可能性もある。
もしかしたら、本当に彼は苦労して一日NS1たりとも無駄にはできない事情があったのかもしれない。私の言っていることは酷すぎるのかもしれない。
それでも私の眼には彼が温く見えた。

私はいまだにこのアフリカでときどき酷い嫌悪感を抱くことがある。
どこの先進国の人間から吹き込まれたか知らないが、何でも「シェア」することに変に誇りをひけらかす輩に出会った時だ。
以前「俺らにはシェアの文化があるんだぜ、女だってシェアするんだ」と冗談なのか本気なのか言っていた輩がいるが、それは単に欲望のままに生きている結果だろうが、とつっこみたくなった。何の美徳も感じられない。
確かに先進国では個人主義が優占しすぎて、「シェア」することへの憧れや回帰が見られ、見直されている面はある。
そしてそれをアフリカのような社会に求める向きもある。
しかし、シェアについて「どうだ、いいだろう」と誇らしげに言う輩でまっとうな奴に出会ったことはない。
殆どの場合、彼らのいうシェアは自分の利益のことを言っていたり、無計画から生まれる責任を忘れるための幼稚じみた行為だ。
私が出会った本当のシェアを実践している人はあえて誇ったりなどしなかった。

いや、まて、つい先日自分で、堕落せねばと書いたではないか。
まさしくこの彼の言うシェアは堕落への一歩ではないのか!?
私もこの「シェア」の文化に参加すべきなのだろうか、教えてくれ安吾さんよ。


砂丘を左に見ながらスワコップムンドまで走りやすい未舗装道路を行く。
鉄道が敷かれており、貨物が砂埃をあげて時折通る。

どことなくスプリングボックに模様が似ている。
海に近いため鉄分を砂中に含んでおり、おそらく風の程よい強さによって、砂鉄だけが残り、黒くなって見えている。黒い場所は影ではない。
その黒い部分が、スプリングボックのわき腹から尻にかけての黒いラインだ。
道路を挟んで砂丘の反対は真っ平ら。
たぶんこの辺から奇想天外な植物ウェルウェッチアが見られると思うのだが、走っていて見つけることはできなかった。

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