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Africa!

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2014年8月28日木曜日

0828 奥様たちのおいしいランチ

「私の友達とランチがあるからもう一日延ばしたら?日本人だけど」
とアジスのママに言われ、もう一日だけアジスアベバに滞在することにした。
日本人ということで「そうか言語の壁が無いから気持ちが楽だ」と安易な気持ちで参加の返事をしてしまった。友達と言うからせいぜい一人か二人、それとアジスのママの数人だけと勝手に思い込んでいた。
当日アジスのママの美味しいシロの入った日本の器を抱えて、車に乗ってそのお宅へ向かった。途中、誰かの送別会だということを聞く。みんなで料理を持ち寄って開くビュッフェスタイルのようだ。
アジスの中でも比較的落ち着いた感じの住宅街に車は入っていく。車を外に駐車して門をくぐり緑が生い茂った庭を通ると大きく喧しい番犬が迎え出てくれた。吠える吠える、客人にまとわりつきながら吠える。二階から若い女性が玄関に下りてきた。彼女もゲストだった。彼女の存在が少しばかり犬の興奮を抑えてくれているようだった。会場の二階に通される。扉を開けた瞬間、私は驚いてしまった。だって高校生、もしかしたら大学生の子を持つくらいの方から、先ほどの20代後半の女性まで実に幅広いレディー達、総勢15人ほどが窓を大きくとった広いリビングに既にいたのだもの。いくら男女分け隔てなく、と云う時代とはいえ、こうまで黒一点だと少し怯む。しかもアジスのママの家に滞在させてもらっていると言うだけで、このようなオープンではない会に参加してもいいのだろうか。アフリカはあらゆる面でオープンなので問題ないように思うが、閉じられた社会をどちらかというと好む日本人に対してはアウトのような気がした。更に 一介の見窄らしい旅人がしかも手ぶらで参加するなど図々しいにも程がある。本気で動揺した。
そんな動揺をマダムたちは気にする様子もなく、宴が始まった。さすが、世界各国に赴任する夫と伴にそれぞれの食文化に触れてきたマダム達だ(もしかしたら女性自身がエチオピアに赴任している方もおったかもしれぬが、そこまで把握できなかった)。名前も聞いたこともないような料理がずらりと並べられ、私の腹を誘う。さっぱりした日本の料理もそこに加えられ、一回目の皿はあっという間に埋まってしまった。席に戻るとマダムたちはすでに会話で盛り上がっている。「誰々さんの料理は〜でとてもおいしいわ」と口々に言う。私も真似して言おうとするが、そもそも名前すら把握するのが難しい状態で、誰がどの料理を作ったのかもわからず、とにかく食べるもの食べるもの 阿呆になったように無修飾のまま「美味しい」と言うのも胡散臭い気がして、時々「美味しいです」と言って食べた。
ある女性が「料理の感想も言わない男はダメよね!」と言い、内心どきりとする。その後、亭主が感想を言うだの言わないだので少し盛り上がっていた。食べ物の感想をうまく言えるように、表現力を鍛えようと少し感じた出来事だった。
その後しばらく子供の話などで盛り上がっていたが、次の会話を聞いて私は嬉しくなった。
「熟女好きとか、あんなの嘘よねぇ」
「そうそう、あれは絶対に愛以外の他の物狙いよ」
「でも○○と△△(芸能人の名前)はどう?あれは結構恋愛してるんじゃない?」
「いや、ないわね。あれも結局は金よ。××(作家)だって作家希望の若い男でしょ?熟女好きに愛はないわね」
私は何故嬉しくなったのだろう。恐れおののいていたマダムたちが、意外にも私達男ども(一般化されて不快になった男にゴメンナサイ)と同様な会話を楽しんでいたから?いやもっと突き詰めて言えば、どんなに世間的に絶大なる力を持った集団(私信だが世間においてマダムほど強力な発言力を持った集団はなかなかない気がする)にも、白馬の王子様は未だ健在で、それに対する欲求が歪んだ一般化をもたらしていると言う、我々の世代、また男集団と何ら変わりがないことが嬉しかった。
歪んだ一般化と言ったのは、私の知ってる限り男は若い女性ばかりを好むわけではなく、人それぞれだからだ。
そもそも愛とはなんだ?生物学的に考えれば、若い女性を選ぶ行為こそ不純で愛とはかけ離れた行為なのではないか。若いとは健康である確率が高く、生殖に有利であり、かつ将来への希望に満ちていて、むしろそういうことを男の性は無意識のうちに算段しているわけで、実に愛からかけ離れた行為なのではないか?結局のところ愛とは色々な欲望の化身であり、愛という本質は恋愛を行っている時点において認めるのは極めて難しいのではなかろうか。つまり愛があるかないかを追求するのに、熟女好き、幼女好き、若人好きという嗜好レベルにおいて議論するのは無理がある。
こんな事を書いてみたが、当の議論の最中は、たった一人の貴重な男の意見をいつ議論に載せようかと優柔不断にもまごついていたのである。とは言えその時に貴重な意見として持ち合わせていたのは、
「性的な対象としては現在の日本では70歳位まで、恐らく50代であれば私が子供の頃の消費税位%の男は惹きつけられるのではないかと思う。なぜなら性産業として実在しているからだ。マイナーではあるが。もちろん性的な欲求と愛が重なる部分はあるかもしれないが、イコールではない事は言うまでもない」
と言うなんとも心もとない意見のみだった。
フィクションだが石田衣良の「娼年」はその辺りの、青年が年配女性に性を売る話が描かれていて、非常に興味深く読んだのを憶えている。
そんな意見を出して、じゃぁ何、あんたはどうなのよ?と個人的に攻められマダムたちに弄られるのを恐れて躊躇っているうちに話は別に移った。
緊張も解れ、次第にマダムたちの会話に混ぜ込んで貰え、旅の話を興味深く聞いてもらったりした。ただやはり彼女達とはまだ住んでいる場所が違うなと感じたのは、ある女性が「○○にはお湯の出る宿がないから大変よ」と気遣われた事である。
私はお湯の出る宿など、エチオピアにおいては一回しかお目にかかっていない。寧ろお湯が出る事が非常に珍しく、そして非常にありがたく、またこ感動的な出来事なのだ。いつか私も大人になって、金に苦労することがなくなれば、若い貧乏旅人を捕まえて「君、○○はお湯の出る宿なぞ無いぞな!がっはっはっはっはー(頑張れよ)」と笑って言える日が来ようか。将来の自分を信じて笑おう。そうだ将来への期待ですら「愛」に転化しうるかもしれない。今気がついた。だから自分を愛せる。
そうして結局3皿も美味しい料理を戴いて、美味しいお酒、美味しいデザートに包まれ幸せな一時に包まれたのでした。
子供の話で思い出したが、最近は私の友人達がFacebookで子供関連の話題を多くあげるようになった。もう自分もそういう歳なのだ。まだそんな未来が見えない私にとっては、置いて行かれるようで一抹の寂しさを覚えずにいられないが、子供を持つと話題が子供に多く向かっていくことから、子をもつことの大きさを感じる。楽しいのだろうなぁ。将来に期待しよう。やはり将来への期待、これに尽きる。これだから自分が愛しくてたまらない。

お知らせ

滞っていた記事をアップしました。スマートフォンからのアップとあって、撮った写真の掲載はできませんが、できるだけ風景をイメージできるように書いていきます。長くなりくどいかもしれませんどうぞお赦しください。
また、スマートフォンのアプリでは日にち指定ができないため、記事の時系列がバラバラですがタイトルに併記しますのでそれを頼りにして頂ければと思います。
あと2国の旅ですが、今後もお付き合い頂ければ書いているものとしてこれ以上の喜びはありません。どうぞよろしくお願いします。

2014年8月26日火曜日

0826 他園の花

アジスのママの家は温かかった。
物理的な暖かさよりもなんだか色々な人々の幸せが詰まった温かさがあった。隊員同士で結婚し日本に住んでいる夫婦の幸せそうな写真や隊員の近況報告の葉書、子供達からのバースデーカード、家族の写真。。。そうした一つ一つのものに対してコメントするママの本当に嬉しそうな顔が私の心にある何かを少しずつ温めた。
人の幸せを喜べる人になりなさい。いつだったか、また人生のどのステージで誰から聞いた教えだったか忘れてしまったが、いつだって心掛けてるんだけど実際なかなか難しい。人の幸せを喜ぶには人の痛みや苦労を知らなければならないし、自分だって不幸や苦しみのどん底にいては喜ぶのは難しい。人の幸せを心の底から喜ぶには多くの学びと少しの余裕が必要なんだと思う。そうして人の幸せを喜べた分だけ自分も幸せになれる。そうして得た幸せこそが揺るぎない本物の幸せなんじゃないかな。湿った紙に墨汁を一滴垂らした時の様な、じんわり広がりのある幸福。中心の外側も染めるような幸福。
自分の庭の福寿草が咲くのをじっと待つのもいいが、知り合いの庭で咲いたら喜んでそれを愛でに行くのも、春うらら、いいものであるのに違いないのだけども。人の心は万事が万事、春うららではありませんでなぁ。四季があるのもまたいい事であるのに違いないけれども。

2014年8月24日日曜日

0824 チャットルーム

エチオピアには草を食む習慣がある。なんの仲間の植物かは知らないが(学名はCatha  edulis)、格別香りがあるわけではなく、茶葉の味を少し落としたような渋みと葉っぱ特有の青臭さを持っているchatと呼ばれる葉っぱだ。見た目アカメモチの新芽のような赤褐色を呈した柔らかな新葉を噛み噛みする。
ケニア北部ではMirraミラァと呼ばれ同じように消費されていた。近寄ってきた男が話しかけて口を開けた時に、はじめ彼はロバのうんこを喰っているのかと思った。クチャクチャやりながらも繊維は残るようで口の中が緑の繊維で一杯になっているのだ。誰だってロバのうんこと間違える。だってさっきまで同じ色と様をしたロバのうんこを道路の上に見ていたのだから。
今の時期、エチオピアの暦では年末に当たるので町中のカフェと言うカフェには男たちがこのチャットを囲んで屯しているのをしばしば見かける。自転車で走っていると道路脇で偽バナナの葉に包んだチャットを売っている、売り子も暇そうな男たちだ。そして道路に散乱したチャットの葉や茎。バスの乗員やトラック親父もムシャムシャやっているに違いない。
さてこのチャット、彼らに言わせれば軽いマリファナの作用があるようだ。精神を興奮状態にさせたり、逆に落ち着かせたり、どっちが正しいのかわからないが、どっちにしてもその作用は茶葉を食べるのとさほど変わらないように思う。だから麻薬の多くが厳しく法律で禁止されているエチオピアでもこのチャットは禁止されていない。
それにしてもコーヒーといい、チャットといい、エチオピアは人が集まる口実を付けるのには事欠かない。チャットをクチャクチャしながらチャッティング。チャットは英語のchatから来ているに違いない。
今日は昨日に続き、なだらかなる丘陵地帯で道路の隣には牧草がはっとするような緑の大地を広げている。風も穏やかで気持ちが良かった。Ziwayズィワイの町はあまりの心地よさに、気持ちが乗ってそのままサーッと過ぎようと思っていたが、一瞬左目に好物のサンブーサ(インドの影響を受けたアフリカ各地で見られる春巻きの皮の包み揚料理で、挽き肉や豆類が包まれている)が目に入った。急ブレーキ。店の脇のベンチでのほほんとひなたぼっこしていたおばちゃんが「welcome」と言って迎えてくれた。10birr で買えるだけ貰おうと思って、10birrを差し出して「くださいな」と言うと、手に持っていた2birrをさらに奪われ4つも食べることになってしまった。こういうちょっとした認識の違いも面白い。アフリカは持ってる(またはそこにある)お金すべてが使える、または使うべきお金なのだ。別の例を上げると、値段の交渉の際にしばしば聞かれるのは「いくら持っている?」で「いくらなら払える」ではないのも面白い。後の為に取り残しておくという考えには遠い。これに関する事は以前ジンバブエ辺りを走っていた頃の記事「チューブをくれのその心」にも書いたような気がする。
流石に大きな揚げ物を4つも食べるとウップシとなって、ふと辺りを見回すと、いましたよ、チャッティングメーン。6人くらいがコの字形に日陰に配置された椅子に座ってクチャクチャ、クチャクチャ。このチャット、水とシュガーと呼ばれるピーナッツと共に嗜まれる事が多い。私はチャットだけ食うのはまだキツイのでピーナッツと一緒に頂く。これはチャットの苦味によりピーナッツの甘みとコクが引き立つので意外といける。多少繊維が残るのが嫌ではあるが。
このグループは一人年配の男性と仕事のなさそうな若者数人だった。こうやって地域の他世代間がより集まれるシステムは興味深い。
彼らの話ではエチオピアはもうすぐ新年を迎えるという。だから皆緩やかな時間を過ごしているそうだ。そして道中よく目にした鶏(ドロと呼ばれる)を持って行き来していた人々は年末のご馳走の準備をしていたのだ。南アでは鶏が一番手頃で安い肉だったが、ウガンダ辺りで鶏が牛や山羊を飛び越えて高級肉になった。そういうわけで私もウガンダ以降鶏を食べていない。田舎の食堂でも普段あまり出ていないようだ。しかし年末、ご馳走の準備に勤しむ人々はどこか楽しげだ。言うまでもなくエチオピアで私が出会う人は私というチャイナ様の不思議な生き物を見てテンションが上がっているので、みな普段よりも楽しげなのかもしれないが、エチオピアは基本が陽気で楽しげなようにみえる。

2014年8月22日金曜日

0822 雨宿り

さだまさしの「雨やどり」はちょっとした日常を風船のように膨らませて幸せを描いた傑作だと思う。何よりも靴下の穴だとか日常の隅っこに隠れている「可笑し可愛さ」をうまく拾っているのがいい。
エチオピアは雨期だ。なんか通る国通る国が雨期じゃないか、と感じるのは「自分が恵まれていない」バイアスのせいだろうか。しかし幸運な事にエチオピアではいつも走り終えた頃に雨はやって来る。今日は早めにアワサHawassaに着いた。昼飯食べて(4種のフルーツジュースが層状に重なったジュースは掘り出しものだった)宿について水浴びて洗濯して(今日の宿は洗濯サービスがついていた)、銀行でドルをビルに替えて、街に繰り出した。
黒い雨雲とそれに伴う突風が砂とゴミを舞い上がらせて街は賑やかだった。ただでさえ「China!」「ユーユーユーユー!」で私にとっては賑やかなのに、こうなるともうカオスに放り込まれた気分だ。
街角でインジェラの上に茹でじゃがいもを載せている女性の姿が目に入った。自転車を漕いでいるときは殆ど常時、ハングリーモードなので、さっき食ったじゃありませんか、お爺さんというくらいに腹の記憶は悪い。ついさっき食ったばかりなのに、もう次の獲物を探している。
女性が手に持ったジャガ芋をスプーンを使って器用に皮剥く様は私の何かを刺激してしまった。でも店構えがテーブル一つに椅子一つだったので、あれ、これは店ではなくて女性が自分のご飯を用意しているだけなのかなと思った。言葉が通じないので、これが店なのかどうかも判然としない。もし店ではなく女性のプライベートな空間で、それが彼女のご飯だった場合、私はどうしようもない食い意地の張った浮浪人だ。人の飯をくれと言ってるんだから。なんとかジェスチャーでやり取りしていたら、私がどうしようもない食い意地の張った浮浪人ではないことがわかった。よかった。
今日の空模様のようなグレーのインジェラの上のヒヨコみたいに小さくて黄色いジャガイモ。その上にお尻が痛くなりそうなベルベレが載せられた。ベルベレとはエチオピアの七味唐辛子みたいなもので、十数種類ものスパイスを混ぜた赤い粉だ。市場に行くと女性たちが家庭の味を並べて賑わっている。このベルベレは各家庭で混ぜるものが違う、謂わば母から娘へ受け継がれる家庭の味なのだ。そしてこのベルベレを使ってカレーのようなシュロ(豆の粉でとろみが付いている)、ワット(辛いシチュー)、アイバ(フレッシュチーズ)にも混ぜたりその他そのままベルベレと呼ばれるコチュヂャンや辣油みたいなものに使われる。後で出てくるヨーグルトにもかけて使われる。とにかくいろんな料理に関わっており、エチオピア料理には欠かせない材料だ。
そのインジェラの上のジャガイモを頬張り始めたと同時に雨が降ってきた。露店の女性が別の店の張り出した屋根のあるスペースに案内してくれた。それにしても彼女のベルベレは辛いぞ。なかなか情熱的な家庭に違いない。女性は小雨の間はしばらく外でジャガイモを剥いていたが、雨が大粒になり激しくなると彼女も軒下にジャガイモのたらいを抱えて逃げてきた。屋根はところどころめくれてしまっているため、激しい雨は入ってくる。更に強くなったところで私は店に逃げ込んで、この店の名物のヨーグルトを貰った。カウンターの棚にはグラスに入った牛乳が30個ほど律儀に並んで発酵中だ。冷蔵庫には今食べる分のヨーグルトが入ったグラスがこれまた礼儀正しくズラリとスタンバイしている。既に椅子に座って食べている年配の夫婦が「フレッシュで美味しいわよ」と促してくる。ピッタリとくっついて座る夫婦はヨーグルトを食べながら楽しそうに話していた。
ひとグラス5ビル(25円)。手頃な値段が嬉しい。少し雑味はあるが程よい酸味でサッパリしている。さっきのジャガイモのベルベレで舌が熱かったので冷えたヨーグルトが心地よい。ヨーグルトの表面には脂肪分の層があり、それがクリーミーで旨い。ベルベレを振りかけて食べてみる。ヨーグルトに七味はかけないが、なんとなくそんなのもありのような気がする。
先の女性は雨が強くなって軒下に吹き込んでもじっと堪えている。店の中には入ろうとしない。店の主人とは知り合いなのだろうが、それに甘んじようとはしない。おそらく彼女は固定した店を持っていないので、裕福な方ではない。着ている服も地味だ。しかし彼女の佇まいには凛としたものを感じるし、着ている服には清潔感がある。雨が繁くなるのをじっと見つめる彼女は美しかった。
雨やどりは人の出逢いのちょっとしたオアシス。アムハラ語を使えたら私はもっと雨やどりを楽しめたに違いない。
日本に帰ってから雨やどりするか。きっと日本で雨やどりしても一人ぼっちになりそうだが。誰か一緒に雨やどり、しませんか?

2014年8月21日木曜日

0821 救う時代は終わった、次は、、、

今日は快晴なり。日に焼けた肌がますます日に焼ける。
相変わらず上り下りが多いうえ、子どもたちの「ユーユーユーユー!」が鬱陶しい。ただ挨拶したくて寄ってくるのであれば可愛い。しかし「お金」「キャラメル」「ペン」「ボール」なんかのモノへの期待がこどもたちの表情の何処かに潜んでいる。いや、通り過ぎた時には表情にへばりついていられなくなって「Give me !」となって出てくるから正直しんどい。エチオピアの子供のパワーは他国の比ではない。どうしてこんなにしつこいのかというくらいに「ユーユーユーユー!」をしながら追ってくる。そもそも数が多すぎる!
石は投げるは、ボール投げるわ、食いかけのサトウキビ投げるはで、全く御クソガキヤローだ。近くで見ている大人もあまり関与しない。もしかしたらけしかけている?
でもふと思ってみる。子供は本来これくらいがいいのかもしれない。日本では最近クソガキー!と叫んで追ってくる雷親父がいないと聞くが、そもそも雷を落としたくなうような御クソガキ様が不在ではないだろうか。その代わりに同級生を陰湿にイジメてしまうような子供が増えているというではないか。雷が落ちる避雷針が見当たらないのだ。そうこう雷の落ちどころを探している内にとても大きな問題になっている。現代の日本の風景に足りないのはクソガキ!と公然と呼べる子供達じゃないだろうか。どこへ行った日本のクソガキ、戻ってこい。寂しいぞ。
そんなふうに考えたら私は御クソガキ様が非常に可愛く見えてきて、気がつけば彼らが「You! Pen!」と言えばペンを差し出し、 「You! Many(何がいっぱい欲しいのかずっと分からなかったが、今日ようやくManyじゃなくてMoneyであることに気づいた)!」と乞われればお金を差し出し、「Ball!」と聞けばボールを差し出し、随分羽振りが良くなったものである。なんだあげられる人間になればこんなに心地良いことはない。お金をあげれば子供の明るい顔は愈々明るくなり、ペンをあげれば子供は勉強できるようになる、と自分自身も良いことしたと満足でき、ボール一つをあげてみんなで楽しくサッカーを楽しんでいる子供らが夢に出てきて。。。なんだ彼らを喜ばすのなんて簡単じゃないか。モノをあげればいい。今までずっとあげることが出来ない立場にいたから色々悩んでいただけなのだ。何だ、世の中はなんてシンプルに出来ているんだろうか。彼らよりも金を持っているんだ、くれてやればいいんじゃないか。
白昼夢。
暑さで頭がおかしくなったか。子どもたちの際限ない「ユーユーユーユー!」でノイローゼになったか。
あげるのは簡単だ。先進国で稼いだお金で学校でも教会でも建てて道路を通してやれば人々は喜ぶ。先進国ではモノが簡単にゴミと化すから、言い方は悪いがそのゴミみたいなペンやカバンを送ってやればアフリカの人々はモノがタダで手に入り、先進国は人助けだと悦に入る。
我々にとってあげるのは簡単な行為で非常に短時間で完了する。でもそれが彼らの意識や価値観に与える影響は場合によってはその後何十年も引きずるだろう。
「支援」という言葉はあまりに無条件で歓迎されすぎている気がしてならない。先進国では物が余っているから、、、アフリカでは子どもたちが勉強できないからと支援名目でペンやノートが送られてくる。短期的な目で見たらどちらも嬉しい支援かもしれない。でもペンやノートが貰えると知れば親はただでさえきつい家計から、もらえるかも知れないノートやペンにお金は出さなくなるだろう。支援は永続的にできないし、するものでもない。長期的に見たら、私には彼らの自立を妨げているようにしか見えない。彼らに必要なのは限られたお金(資源)で必要なものに対する費用をどう捻出するかというアイデアやスキルであってモノでは無い。
それに事あるごに触れているのでしつこいと思われるかもしれないが、これも聞いてほしい。ODAなんかで道路や学校がボンって建つ(もちろん紆余曲折があって、関係者はいろいろ苦労しながら建てるわけではあるが)。これは「国」という、現代ではまだ重要さを失っていない結び付きを揺るがす恐れがある。何か足りないものがあった時に自分の国で解決しようと考えず、お金のある国に頼る。外国が助けてくれるから、政府は民衆の声に真剣にならず、あるお金をポケットにしまいこんでしまう。別の見方をすれば支援のお陰で国民の監視の目が甘くなる可能性がある。つまり民主主義の大原則の民衆の監視の目を育む妨げになるという事。
それにコミュニティにはコミュニティの事情がある。それらを一切無視して「はい、どーぞ」なんて支援したら、今まで培ってきた彼らの掟やルールが危うい。生態系に例えれば、外国がパワーショベルに任せて森林を切り開けば見通しは良くなるかもしれないが、バランスを持って成り立っていたエコシステムを壊す恐れがある。
身近な喩えを一つ。今日あったこと。
Dillaディラの街は今までのエチオピアでも一番大きい75,000人都市だ。都市は物がある分、人がいる分、田舎以上に闇を持つ。
道のわきに簡易喫茶が出ていた。仮住まいっぽいが、おそらく固定した店なのだろう。屋根はあるが壁はないので道路から丸見えだし、こちらから道路も丸見えだ。自転車を道路脇に停めて喫茶に入る。空間の隔たりが無いから入るというのも不思議な感じがするが。店内にはコーヒーセットがあり、魔女の宅急便のおソノおばさんみたいな元気のいいおばちゃんがバリスタだ。ここではコーヒーとジンジャーティーを供していた。ほんのり生姜の辛味を喉に心地よく受けながら、隣のおじさんに倣って通りを眺めていた。忙しくチビタクシー(三輪のタクシーで何て言うんだ、あれ、きっと名前があるぞ)が往来し、人も頻繁に行き来している。みすぼらしい格好の子供が私の自転車に付いている水ボトルを見ている。エチオピアはちょっと油断すると水ボトルを奪われるので要注意なのだ。ダメだあっちいけと追い払う。次は子供を背に負うた女がやって来て私の視線を捕まえようと自転車の脇に立つ。チラッと見て目を逸らしていたら、店の中に入ってきてお金をくれのジェスチャーをしてきた。しかしすぐにおソノおばさんに追い出されていた。他の客も何かを言って追い払っている。何を言っていたのかは分からない、しかしそこにいた6人の客のうち、一人として彼女にお金を与えたものはいなかった。もちろん例外(特に障害を持っている人)はあるが、お金を求めてくる人はファランジ(ムズング)の匂いに誘われてやってくる。ファアランジは甘い。物理的にも甘いんじゃないか、本当にもう。彼らは自分の国の人には求めない。何故か?ファランジはちょっとボロを身に纏っているだけ(ヘタしたら彼らにとっては普通の服)で同情を買えるからだ。自分の国の人は自分の状況にもっと近いところにおり、ちょっとやそっとじゃ同情に流されない。しかも同じ場所に住んでいるとなれば、その人が真面目なのにいつも苦労しているのか、そうでないのか分かり、お金を施すかどうかシビアな検査が入る。状況を知られている分手強いというわけだ。彼らには彼らのルールがある。そのルールも把握しないで手を差し伸べるのは調和を持って成り立ってる森を破壊することに等しいシステムの崩壊を招く。
なにが今のアフリカに必要なのか。飢餓や紛争、病気の蔓延で緊急の支援が必要なところはまだあるのだろうが、何でもかんでも無条件で与えてきてしまったのが現在のアフリカを作っている。もう「救う」付き合いは止めて、良きパートナー、良きライバルとして「付き合う」姿勢を常に保っていくべきだ。

0821 食堂の女の子

地図にもない小さな町だったが宿はなんとか見つけられた。エチオピアでは宿はPensionと表記されていることが多い。Hotelの場合もあるがただのレストランである事もあるので紛らわしい。
私はアムハラ語を話せないのでPensionを連呼していろんな人に聞いて回る。ちょっと間違えば変なオジサンだ。エチオピアで気を付ける必要があるのは、俺が案内してあげる、と言って寄ってくるハンミョウ男だ。まぁ、道案内されてチップを払うような成熟した心得を持ち合わせている余裕ある旅人なら何ら問題は無いが、そもそも道が一本のところなので、指差して貰えばこと済むものをわざわざ着いてきて「はい、チップちょうだい」と言うのに耐えられない狭小貧乏旅行者には少々鬱陶しい。しかもだいたいそういう奴が案内するのは貧乏旅行者の要求に答えるようなものではなく、満足したことがない。自分の足と感覚を頼りに良心的な人々の助けを借りて見つけたほうが圧倒的に良い物が得られる。でも難しいのは本当に困っている外国人を助けたいと思って近づいてくる人も排除しかねない事だ。こればかりは経験で見分けるしかない。
今日は珍しく宿探し時にハンミョウ男に付け回されなかった。
宿はまだ新しく綺麗だった。相変わらずドアの建付けは悪いけど。宿のオーナーなのか、管理人なのか分からなかったが、物静かなおばちゃんが管理していた。やって来る知人に丁寧に挨拶し、ハグして喜ぶ彼女は一瞬一瞬を大事に生きていうように見えた。そして娘らしい10歳になるかならぬかという少女が敷地をフラフラしていた。そもそも私がアムハラ語を話せないので、おばちゃんは最初ですでに言葉を使うことを諦めたようだった。困ったファランジですねぇ、、、といった素振りも見せずに。慣れたもので一見冷たく見える無言のジェスチャーで的確に宿のことを説明してくれた。
ドアを開けて荷解きしていたら興味津々の少女が覗いていた。何だーい?と尋ねるとフニャッと照れ笑いして何処かへ行ってしまった。
夕飯に近くのレストランに出かけた。店内には中学生、高校生くらいの女の子が3人。と子猫一匹。コーヒセットの前には物静かな少女が座っている。彼女がバリスタだ。はじめにニッキのような味の甘い紅茶を頂いた。
千切れた焼そばが散らばったようなアムハラ文字一色のメニューに苦戦しているファランジを哀れに思った快活な一番年少の女の子が、一生懸命知っている英単語を駆使してメニューを説明してくれた。学校で英語を習っているという。自分が中学生くらいの時は英語をしゃべる人がいたら避けていたに違いない。しかしいま目の前にいる女の子はエチオピアの言葉を理解し得ない怪しいオジサンに物怖じするどころか積極的にコミュニケーションを取ろうとしてくれている。これは最高のホスピタリティだと思う。こうやって私もホスピタリティを日々学んでいる。お陰で野菜がたっぷり載った美味しいインジェラを食べることができた。そして店の大ママも出てきて私が食べるのを皆で見守っていた。美味い顔して食うのは私の得意とするところ。いや心の底から美味いと思うのが得意なのだ。今日もおいしい料理を食べられる事に感謝して、ありがとう。
帰るときは女の子達が手を引いて宿まで連れて行ってくれた。町はあまり灯りがない上、穴だらけで危ないのだ。アフリカはどこでも男でも女でも手を繋いでくる。ちょっと照れながらもなんだかその柔らかな手に引かれ宿まで戻った。
日本で中学生くらいの女の子と手を繋いだらアウトかもしれない。エチオピア人でもそうかな。これは外国人特権ってやつかもね。