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2014年1月4日土曜日

再び一期一会の旅へ

ブラワヨで長らく世話になったライオネルとアン、そして使用人のレナードとグレービーに別れを告げて、灰色の町ブラワヨを発った。一度腰を据えてしまうと、日に日に出発するのに強い意志が必要になってくる。それが移動を続ける旅においては、落とし穴でもある。それでも進まぬことには一生旅を終えられないので、重い腰をようやくあげたわけだ。

自転車の整備を施したせいか、車輪の転がり具合がとてもよく気持ちよい。チェーンも滑らかに歯車を噛んで回している。雲行きが朝から怪しく、今にも雨が降りだしそうだ。水を貰いに店に入り、ケープから来たと話すと驚かれ、自分の楽しみでやっているというと、変わった人ね、と呆れられる。
道沿いにはずっと町や村があり、孤独さは微塵も感じなかった。

森の広がる丘陵地帯に小さな村があったのでそこにテントを張らせてもらうことにした。


村を訪れるとお婆さんが畑仕事に精を出している。ジンバブエの田舎には農村があることがどこか私をホッとさせる。自転車での旅もだからこそしやすい。声を掛けると近くにいた中学生くらいの男の子を私の方へやって、木の棒と針金でできた門を開けさせてくれた。お婆さんの方は英語を少し解するが、ミルトンという男の子には通じなかった。着ているものは茶ばんでだらんとしており、裕福とは程遠い生活をしているだろう様子が窺えた。それでも私が野菜がなかったので、その辺の野草を摘もうとしていると、既に摘んで綺麗にされた野草とトマト、タマネギを分けてくれた。貧しくても何かを求めてこない。寧ろ与えてくれる。

この村は近くの鉱山で働く人が住む場所だった。殆どの村人は鉱山に出払っておりその時はお婆さんとミルトンの二人だけだった。お婆さんに言いつけられ、ミルトンが鉱山にいる村の長に言伝に走った。そして五分ぐらいして一人の男性を連れてきてくれた。男性に挨拶をし、彼は働く鉱山の現状を聞かせてくれた。色んなメディアで言われていることであるが、彼もその状況に直面していた。白人が組織をコントロールしていた時代には自分の国であらゆることができたが、技術を持った白人が組織から追い出され、技術が抜けてしまった。そのため今はちょっとした修理や、部品交換も南アを頼りにしないわけにはいかないという。今回の彼が抱え込んだ機械の故障は南アでも部品がなく、イギリスまで運んで修理したという。その費用は輸送費がかさむためバカにならないんだ、と。

ミルトンが底抜けに明るく穢れのない少年で、その澄んだ目で見つめられ、そこに映る自分が酷く汚れて見えた。おそらく彼は何らかの発達障害を持っていたと思う。私はあまりそういう人と関わったことがないのではっきりとは分からないが、それ故の潔白さのようなものを感じた。ミルトンはンデベレを解する人に話しかけるがごとく、ベラベラベラとンデベレ語で私に話しかけ、その後じっと私の目を見つめる。私がンデベレは分からないんだ、と言うと、長くカールした睫を寂しそうに伏せる。しかし、暫くすると再びンデベレのマシンガンが炸裂する。私が聞いていたラジオに興味を持ち、一向に私を放っておいてくれない。「マイフレンド」や私の名前を呼んで絡んでくる。


そこへお婆さんに薪割りを言い付けられ、しばらく勤しんでいるが、私が写真を撮っているとそっちが気になって薪割りどころではない。薪割りをほったらかして私と不思議なコミュニケーションを楽しんでいると、お婆さんに怒られ、それでも楽しそうに薪割りに戻っていく。彼の明るさには曇ったものが全く感じられない。


御礼に写真を撮らせてくれ、と言うと、ミルトンは嬉しそうに、お婆さんは少し照れながら家に入ってきれいな服に着替えて出てきた。ミルトンはどうポーズを取ろうか戸惑っているようだった。


あまり写真を撮られたことがないのだろう。郵便で彼らのところに届くかはわからないが住所を聞いた。

夜は雨が激しく降った。ちょうど私のテントの下が水の通り道だったせいで、テントの底がタプタプしていた。今までの旅程で20個ほどあいてしまっていた穴を悉くテーピングで塞いでいたことが功を奏した。少しばかり漏れてはいたが、何もしていなかったら字義通りウォーターベッドになっていたに違いない。夜中に雨は止み静かな夜となった。
朝日の眩しさに目を覚ます。ちょうどミルトンがお婆さんに起こされているところだった。私の他、二人しかいないはずの村は一気に賑やかになった。彼の10秒ほどの歌のリピートによって。15分位ずっとそれを繰り返しながら皿洗いをしている。時折少し変えて、誰かに呼びかけているように「Hey,Mr.○○○」を挟む。彼のその姿が朝日に照らされてもっと楽しそうに見えた。テントから出てきた私にGood Morning!と嬉しそうに言い、皿洗いを中断して話し始めてしまう。勿論ンデベレで。お婆さんが体を洗うかい?テントが泥で汚れちまったろう、テントを洗うかい?と気を使ってくれる。彼らの水は雨水に依っているのでとても貴重だ。私ごときの体やテントを洗うのにはもったいなくて使えない。丁重にお断りした。

村を発つときミルトンは坂の途中まで見送りに出てくれた。

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