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2014年1月5日日曜日

一触即発の空気


昨日の大雨で木々の葉いよいよ蒼く、色彩の薄い曇りへ彩を与えている。その中に一羽の青鶴が周りの色に染まるまいとでも言うかのようにポツンと佇んでいた。行く手も両サイドも黒い雨雲に覆われている。白い雲がこんなにも黒く化けるものなのか、と思うくらいに黒い。ジンバブエの入ってからだ、こんな雲を見るようになったのは。憂鬱な気持ちで自転車をこいでいると、前方の雲が割れ、行く手が晴れだした。

水を貰いに入った店で休んでいると子供達が自転車の周りに集まってくる。


店の裏の家ではおばちゃんたちがのほほーんとしている。


そんな風に店の周りで油を売っていると突然辺りが暗くなり風が出てきた。店の裏の家の人々が雨が来る!と行って家に駆け込んでいた。そして豪雨。地面を叩く雨の音が充満する中、屋根の下で村人たちと雨宿り。
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旅が始まって以来5回目のパンクだ。道のわきで直していると二人の少年が何もものを言わずに見守っていた。ただじぃーっと見つめて、修理が終わると手を振って別れるのだ。


ヴィシャバネ(Zvishabane)の辺り一帯は金鉱山やアスベスト鉱山、プラチナ鉱山が並んでいる。ヴィシャバネの町も鉱山によって栄えている町で大変な賑わいを見せていた。白人のパワーが及んでいないせいか、他の南部アフリカに比べて中国人のパワーがずいぶん強いように感じた。どこへ行っても中国人の話を聞いた。だいたいの鉱山は中国人の資本で動いているんじゃなかろうか。南アやナミビアでは小さなチャイニーズショップを直接経営していることが多かったが、ジンバブエではそのように商売している中国人にはあまりで会わない。ジンバブエ人曰く、彼らは表には出てこないという。村などのにひっそりと中国人コミュニティを形成し多くは資源採集業に関わっていると。

ヴィシャバネの町でなくなりかけていた調理用パラフィンを補給しようと、店の集まった場所に行った。なんだろう、この違和感。色々な人の視線が刺さるのは感じるのに誰も声をかけてこない。都会という環境が私に声を掛けるのを躊躇わせているように思われた。気になって仕方がない、何だあれは、変なのがいるぞ、と言った声にならぬ熱が伝わってくる。私に向けられる視線の密度がどんどん高まり今にも爆発しそうだ。その膨張が臨界に達していたのかもしれない。私が目の合った女性に挨拶したのを合図に何かが決壊した。一人の男が近寄ってきて質問を投げると、一人また一人と人が集まり、いつの間にやら3-40人くらいの人だかりに私は埋もれてしまった。頭の向こうに頭が動いて私を捉えようとしている。なんだかヒーローにでもなった心持ちがした。英語ができるものは我質問せん!とばかりに前に躍り出てくる。

パラフィンがそこでは買えないということで場所を移して、ようやく解放された。今日はこの辺で泊まろうと思っていたので夕飯を済ませてしまおうとスーパーで惣菜を買って店の外に出たた。駐車場の前、そこではボロをまとった薄汚い青年が駐車するドライバーに金を乞うていた。駐車場で惣菜を食べようと思っていた私は、それを少しためらった。食べ物を乞われるに違いないと思ったからだ。そう防衛反応に出る反面いくらかの好奇心もあった。真剣に物乞いをしている人には申し訳ないことだが、彼がどのようにふるまうのかを私は見てみたかったのだ。
距離を置いた慎ましい乞い方。一定距離以上は近寄ってこない。ここが南アやナミビアの物乞いと違う。もちろんブラワヨで出会った乞うおばさんのような例外もあるが、多くは物を乞うことへの一種の後ろめたさのようなものを感じるのだ。彼の場合もそうで、5mくらいの距離からこっちをちらちら見ながら様子を窺っている。そして少しずつ近寄ってくるのだ。3m位まで近寄ったところで私はもう逃げられないな、と踏んで朝飯用に買ってあったパンを少しと惣菜を彼に渡した。彼は「ありがとう、ありがとう、神の御加護を」と言って更に近寄ろうとしたが、飢えていた彼の前で残酷にも堂々と飯を食べ始めた自分が神に祝福されるはずべくもないのは明白だったので気が引けてそそくさとその場を後にした。

今日は町中だったのでガソリンスタンドに泊まらせてもらうことにした。黒人女性のオーナーで(南アやナミビアでは白人がオーナーであることが殆どだったので新鮮だった)腕っ節の強そうな、それでいて母性を漂わせている女性だった。
今夜ここにテントを張らせてもらえないだろうか、と言うと、
「ダメよ、何かあっても責任とれないもの。どっか宿はないの?」と言われてしまう。そう簡単には諦めません。
「宿は高くて泊まれません。そしたら敷地から外れていたらいいですか?いつもはその辺で寝ているのでそれに比べれば24時間人の出入りのあるガソリンスタンドの周辺はだいぶん安全なんです」
「困ったわぁ。。。」
(あぁ、困らせてるわぁ。。。)
「ちょっと考えさせて。それから可否を教えます」
(むむ、これは大丈夫そうだ)

しばらくしてオーナーが警備員を連れてきて「いいでしょう、彼が今夜あなたの安全を守ってくれます」
普段藪に身を潜めて寝ている私からすると好意にとても嬉しかった。
そうして無事に今日の寝床が決まり、安心してガソリンスタンドの兄ちゃん姉ちゃんと戯れたのであった。

辺りが暗くなってから人目を忍んで洗車用の蛇口で洗体した。

そうして寝ようとしていると、オーナーが「あいにくここにはシャワーがないのよ」と私のシャワーを心配しにやってきてくれた。
「しかし心配には及びませぬ、マダム、もうそこで浴びました」と暗がりの蛇口を指さした。
オーナーは安心して部屋に入っていった。

翌日朝早くからオーナーは出勤しており、仕事風景を撮らせてくれた。

ジンバブエではムガベ大統領の写真が額に入ってどこへ行っても飾られている。オーナーの部屋にも案の定飾られていた。日本で天皇陛下の写真ならまだしも安倍首相の写真を飾っているのはちょっといない。南アやボツワナでも大統領の写真が飾られていたからアフリカのお国柄なのかもしれない。いや、日本が特別なのかもしれない。

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