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2014年7月17日木曜日

水と戯れ

今日出発する予定であったが、なぜか私は渋滞前のカンパラの道路を車に乗ってジンジャ(Jinja)に向かっていた。アリフと一緒に。というのも出発の前々日になってアリフが「ヨウスケはここで起こった盗みばっかりを見てきて、あまりいいウガンダを見せることができてないから、最後にウガンダのいい思い出をあげたい、どっかに連れてってやる」と言い出したのだ。確かに私はここで繰り広げられた数々の盗みや悪だくみを見てきたが、私自身は悪い記憶だとは思っておらず、むしろ他ではできないようなかなりエキサイティングな経験をさせてもらい、十分すぎるほど満足していたからアリフの提案には驚いた。

「そうだ、ルウェンゾリ山に登ろう!」とアリフは言う。ルウェンゾリ山地にはアフリカで三番目に高い5000m級の山があり、頂上部には氷河があり、そう簡単には登れない。アフリカではまだ雪を見たことがなかったので近くに行って雪や氷河を見るのもいいかな、と思ったが何せ標高を上げないと見ることができないし、いきなり準備もせずに山に登るのはあまりにも失礼かと思いやめた。

代わりにカヤックをやることになった。カンパラから西へ75km程のところにナイルの源流とされるジンジャという町がある。この辺りは水遊びや森林探検などのアクティビティがいくつもある。

7時半をすぎると出勤時間の渋滞に巻き込まれるのでよろしくないということで6時半に出ることにした。昨夜遅くまでシェフたちと別れの盃を傾け過ぎたための寝不足の上、二日酔いで気持ち悪い朝だった。飲み過ぎて辛い思いするのを分かっていながらも、それでも飲み過ぎてしまうのはバカだからなのだろう。もう本当にこの朝は自分の馬鹿さ加減に吐き気を催したよ。待ち合わせ場所のアリフの家へボーダ・ボーダで向かう。排ガスで汚れる前の朝の清浄な空気が少しばかり気持ち悪さを緩和してくれる。たくさん深呼吸してアルコール排出だ。

アリフと合流し、出発。アリフも最近は不眠症であまり眠れなかったという。しかしいつも眠そうなガチャピンの眼はいつものままだったので安心した。
アリフが不思議がっていた。「なんかわかんないけど窓閉めているのにアルコールの臭いがするんだよな」「あぁ、それは俺の臭いだ(窓閉めているからだよ)」すぐに状況を了解したハニフは笑っていた。が私は車の揺れが気持ち悪かった。

二人ともカヤックは初めてだったので興奮しているが、それらは眠さと気持ち悪さで幾分抑えられていたと思う。この道は数日後に通る道。そう思うとカヤックをやることへの興奮とはまた別のところから興奮が湧いてくるのを感じた。

ジンジャに入るとそこはサトウキビやお茶の畑が広がり、また針葉樹の植林で大地が様々な緑で彩られていた。天気は何となくぼんやりしていて涼しい。突然その緑の町に異様な色をしてアジア独特の仏閣の体をなした建物が目にはいってきた。中華料理屋だ。それにしてもイモリの腹のように毒々しい色をしている。同じアジア料理屋としての味見も兼ねて、朝食にと店に行くと探検帽子を被った初老の男性が小さなナップサックを、その大きな体には不釣り合いな調子で背負って出てきた。まだ開店前でシェフがいないという。彼は南京出身で今までも色々な国で公務関係の仕事をしてきたという。そして二十年前くらいにこのウガンダに漂着して商売を始めたという。現在子供は学校のために中国へ帰っており、ハリセンボンの痩せた方を思い起こさせるような奥さんと二人だそうだ。子供にいずれ仕事を譲るのかと尋ねたら、「それはない」ときっぱりと言った姿に、いつかは故郷である中国へ帰りたい様子が窺えた。ビジネスチャンスが多く転がっているアフリカに魅力を感じつつも、やはり心のどこかではいつも故郷があるのかもしれない。

シェフが来て朝飯を食えることになったが二日酔いの私は料理を見るのも少々きつい。しかしアリフは隣で「ほらほら、これ旨そうじゃない?おっ、これなんてどうだ?」と容赦ない攻撃を仕掛けてくる。私はお茶だけを注文したが、結局テーブルには豚肉の生姜炒め、豚焼きそば、ティラピアあんかけ、鶏から揚げ、白いご飯が並んでしまった。「アリフ、君は本気でこれを食う気かい?」と聞くと「確かに頼み過ぎた、テヘ」と笑っている。ホント、君のこういうところが好きさ。

初めにきた鶏から揚げを一つもらってしばらくお茶をすすっていた。そしてトイレに行き、とにかく体内のアルコール排出に努めた。あぁ、アリフ、臭いがダメ。結局大食漢ではないアリフも二品目以降は撃沈で多くの料理が残った。ウェイターにパッキングしてもらって昼食とした。


カヤックアクティビティを提供している場所は幹線道路から外れて、しばらく赤土の埃舞うローカルな場所を行く。道沿いにはトウモロコシやバナナの木が地元の人々によって植えられているのだが、車が舞い上がらせた埃で錆びついたように色が変わっている。別世界のようだ。おそらくこの道を走る車はそのほとんどが観光客で、地元の人々はこの埃という迷惑を被っているだけなのじゃないか?と思わせるほどに酷い埃だ。そして例の如くアクティビティを提供しているのは外国からやってきた人達だ。アフリカの典型的な観光業のスタイルだ。
それでも私たち二人を指導してくれるインストラクターはウガンダの人だったり、川まで連れていってくれる車の運転手も地元の人を使っているのでいくらかの雇用は生みだしているのだろう。

インストラクターのデイビッドと共に車に乗って川の上流に向かう。スタート地点に着くが川はまだ見えない。ここから30mくらい下ったところに川がある。そこでセイフティジャケットとイカみたいなスカート(カヤックと体をくっつける)を付けていると川の方からも、小学生低学年くらいの子供たち十人くらいが続々と登ってきた。息を弾ませている。そしてあたかもそれが普通であるかのように我々のカヤックを担いで坂を降りていった。
決して子供たちの顔には辛さや無理強いされているという様子は見えなかったが、観光業が子供を使っていることにアリフと二人顔をしかめてしまった。それでも彼らの楽しそうに働きワクワクした様子でムズングを眺める姿に何だか救われた。

そう言えばここ二年くらい泳いでないんじゃなかろうか。そんなことを考えながらカヤックに乗って水の上へ出る。初めはひっくり返った時の練習。アリフが初めに。次に私が。ん?顔を水に沈めることに抵抗がある自分に気が付いた。少し怖いのだ。うまく脱出できるかもそうだが、潜ること自体に少し恐怖を感じていた。それでも一度やってしまえばなんのその。トビウオと呼ばれたことは一度もないが、タニシくらいの実力はあった私は潜ることへの抵抗はすぐに薄れた。しかしメガネをかけたまま潜るのは相変わらず不快な気分になる。メガネがなかったら視力検査のCの一番大きいやつどころか、その装置すらどこへあるのか目を凝らして探さないといけないレベルの私は、メガネをなくしたら手を引いてもらわないといけない。それだけメガネへの依存度が高いので旅にはメガネを三つ持ってきていたが今日は一つしかない。そういう意味で不快だった。用心のため後ろにテープ紐をつけた。

もっと脱出や櫂で漕ぐ練習をするかと思ったら、デイビッドは一度やったきりで我々二人を連れて水のうねりへ突き進んだ。時間がないのも分かるがもう少し練習をしてもいいんじゃないか。真っ直ぐ進むのもままならない状態で初めの川のうねりに飲まれた。遠くでは大したことがなかったうねりも近くに行くと自分のカヤックがちっぽけに思われるほどに大きかった。ポニョの波は意外と誇張ではないのかもしれない。一つうねりを越えたらまた次のがすぐ目の前にいる。そうこうしているうちにいつしか船体が波の面に対して平行になってしまい、ずっこけてひっくり返った。スノーボードでフロントエッジが斜面に引っかかってずっこけるみたいに。すぐに脱出できたがうねりに飲まれて揉まれ顔が水面に出せない。下半身が渦に引っ張られるようにして水を?いても?いても同じ場所に留まったままだ。あと少しなのに!と思い全力で?いていたら川の方が私を離してくれて顔を水面に出すことができた。水の力ってすごいな、と改めて感じた。川が私を求めたら完全に拒めなかったなと思った。顔が水面に出ても目の前に波の山が立ちはだかり、インストラクターの姿は見えない。アリフも見えない。その波をふわぁっと越えるとインストラクターが見えほっとした。アリフももう一人のインストラクターのカヤックに捕まっていた。途中からたまたま合流したこの別のインストラクターがいなかったらもう少し深刻になっていたんじゃなかろうか。さすがアフリカだ。

私もデイビッドのカヤックにたどり着いて、瀞の方へ連れていってもらった。カヤックに入った水をデイビッドが掃き出してくれ、再び乗り込む。なかなかエキサイティングだが、波に揺られていたら二日酔いが復活してきた。水面は動いていないのに遠くの景色が後ろに流れていくので、それもまた気持ち悪さを助長させていた。あぁ次も同じような波があったら吐いて仕舞うかもしれない。しかし一度ひっくり返ってコツを掴んだせいか、次の波以降ひっくり返らずに済んだ。しかし少々攻めの姿勢が欠けていたのではないかと終わった後で反省した。一方のアリフは攻めの姿勢を崩さず、毎回うねりに誠実にぶつかってはひっくり返っていた。
流れが小島で二股に分かれている場所でアリフは流れに逆らえずにインストラクターとは別の方に行ってしまい、岩に当たり、そして流され死にそうな目に遭ったらしい。そのアリフを助けに行くため、インストラクターはものすごい速さで進み「ついて来い」と言うが、初心者の私はいくら頑張ってもどんどん離されてしまい、一人ぼっちになってしまった。ここでひっくり返ってうねりに飲まれたら。。。とドキドキしながら彼を追った。そして500mほど下ったところでようやく彼らに合流することができた。アリフは濡れそぼった様子で恐怖で萎縮していた。が、その好奇心に満ちた目だけは健在だった。「死にそうだったよ、怖かった」という顔はどこか興奮で輝いていたのを私は見逃がしませんでしたぜ、アリフさん。

その後は緩やかな流れでリラックスしながらゴールまでゆっくりと静かな川面を滑っていった。そしてゴール地点に着いて、今度は自分でカヤックを担いで坂を上る。意外と重く、これを子供たちが担いでいたのだと思うと、彼らの体力に感心する。そしてアリフはビールを、私はファンタオレンジを。ビールの香りに再び吐きそうになったがファンタの香りでごまかした。

そしてその後は茶畑やサトウキビ畑に入り込んでゆっくりとした。森林探索では私はツリフネソウの種弾き(日本のものよりバネが強力でパワフルに飛ばす)に感動して、アリフは気に入った木の種か実生がないか探して楽しんだ。

そして夜にはカンパラに戻ってきた。

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