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2013年10月15日火曜日

ハンミョウ物語

道を走っているとさまざまな人以外の生き物にも遭遇する。
今のところの出現頻度順に並べると、毛虫の類、ハンミョウ、赤と黒のどぎつい色のバッタ、
サソリ、ムカデ、スカンクのような黒白の毛むくじゃらなど。

道路を横断することは彼らにとって生死をかけた人生の一大イベントに違いない。
その証拠に死屍累々の亡骸が路上に日干しせんべいとなって横たわっている。

しかし、今の今までハンミョウの死骸だけは見たことがない。
彼らには特殊な能力があるに違いない。

走っているときは暇なので、意外といろんなことを考える時間がある。
走りながら着想を得たハンミョウ君の生活を紹介したい。

さて、ハンミョウ物語のはじまり、はりまり。


先週の極めて暑い河川敷の草叢でハンミョウのハンとミョウは夫婦となった。
ミョウは川の西側に住んでおり、ハンは出稼ぎで川の東側から西側に来ていた。
そこで出会ったハンとミョウは一時間もせずに夫婦となった。
二人の新たな生活が始まる。
「気を付けて行ってらっしゃい」身籠ったミョウはハンの出勤を見送る。
「あいよ、いってくらぁ。今日ちょちょちょっと道を教えてくらぁ」

強い日差しが黒い不気味な川を暖め、周辺は異様に暑い。
ハンはその川縁で人を待っては道案内をするのが仕事だ。
とはいっても人間にとってはたいしてありがたいものでもないが、彼にとっては誇り高き仕事なのだ。
でもハンの住む地域に人はめったに歩いてこない。
来ても変な箱みたいなものに詰め込まれて、ものすごい勢いで過ぎ去っていく。
これではいくら昆虫界の早歩き王と言われたハンミョウも道案内するどころか、
いつの間にか案内している相手が前を行く事態になってしまう。

そんな時にこの辺りでは見かけない、黄色っぽい色をした少し人っぽくもあるサルがやってきた。
それは変な乗り物に乗っている。
いつも見る箱でもなく、超高速でもなく、でもいつもの超高速箱についている丸いものが二つ付いている。
この速さなら道案内できるかも!と思ったハンはさっそく、その丸二つに乗った生き物に挨拶をした。
「よう、そこのあんたっ!おっと、待ってくれよ」
ハンはその丸二つの前に横からちょろっと顔を出しては、その丸いものが通る寸でのところで止まる。
また少し進んではちょろっと顔を出し、「よう、聞いてくれよぉ、案内するからさぁ」と繰り返す。

でも黄色っぽい人に似たサルは気付かないのか、止まろうとしない。
しばらくそんなことを繰り返しているうちにハンはあきらめた。
「ちぇ、なんでぃ。人がせっかく働こうとしてるってのに!」

今日も道案内をできずに日が暮れてきた。
夕日に照らされるハンの背中は寂し気かと思いきや、意外にも誇らしげだ。
そして軽い足取りでミョウのところへ帰る。
「たっらいまぁ~」
「あら、お帰り。今晩はそこでとってきた死にかけたバッタよ」
「ほう、そうかぃ。最近は川であの高速の箱にやられた半死の獲物が簡単に取れるからいいなぁ」

そんな時、川向うを撫でてきた風が彼らに一つの知らせを持ってきた。
「チチ キトク スグ カエレ」
その知らせを受けたハンはいてもたってもいられず、故郷である川の東側へすぐに発つ決心をした。
早歩き王のハンミョウ族にとっても川を無事にわたるのはなかなか難しい。
ミョウは心配だったが、
「すぐに行ってあげて。でも焦っちゃダメよ。必ず左右を確認して、気を付けて」
と言って即席で作ったバッタの団子を持たせて送り出した。

夜はあの高速の箱の眼が光るから、やつが来ることは比較的わかりやすい。
が、川のどこを通るのかは近づかないとわからない。
だから事故率は結局昼とたいして変わらない。

外に出るとしんと静まり返った闇に無数の星が煌めいている。
余りに静かでそれらの音が聞こえてきそうなくらいだ。
冷たい空気にハンの身が引き締まる。
左右を確認する。光が来ていない、今だ!そう思ったハンは昼間の熱を今も持っている川を渡り始めた。
ととととととととととととt。
川辺ではミョウが見守っている。

その時、光が見えた。
ミョウが息をのむ。
ハンは歩くのに必死でまだ気づいていない。
あと0.3秒のところでハンが気付く。
確か川の真ん中の白いところはあまり箱が通らないというのを聞いたことがある。
あそこまで行ければ、、、
箱があとハンまで0.1秒のところで、ハンは白の安全地帯を踏んでいた。

激烈な轟音を立てて箱が通り過ぎていく。
ハンは興奮のあまりその音は聞こえていなかったが、ミョウは不快なその轟音を鳥肌を立てて聞いていた。
あと残り半分。
ハンは息を整えて再び歩み始めた。
とととととととととと。
その時、再びあの悪魔がやってきた。
先ほどよりも音が大きい。スピードが速いのだ。
これでは渡りきる前に来てしまう。

音はごぉーっと次第に音量を増し、あのいやらしい光がハンを照らす。
ハンは身を天に任せた。脱力状態である。
その瞬間、ハンの神経という神経が研ぎ澄まされ、箱の動きがとても遅くなった。
箱の下に見えるあの転がる足がどこに来るのか、はっきり見て取ることができた。
今いるところから一歩も動いてはいけない。そう悟り、歩を止めた。
時間が再び普通に流れ始めた瞬間。
その箱の足はハンの触覚を撫でて通り過ぎて行った。
軽く触れただけだったが、ひりひりするのを感じていた。
足が踏んでいった川ももわっと異様なにおいを放ち静まり返っていた。

遥か遠くの西側の川べりで見ていたミョウはすでに立っていることができずに、へたり込んでしまっている。
ハンはミョウに「大丈夫、見えたなり」と言って、再び早歩きし始めた。
東側の川縁に着き、「もう大丈夫だ。俺は二度と箱に踏まれることはないだろう」と自信に満ちた様子で妙に叫んだ。
ハンは何かを見たのだ。箱の対処の仕方を。

と、その時、近くの草叢が騒めいた。
一瞬身構えるハン。
しかしそこから現れたのはハンのオヤジ。
しかもピンピンしている。
どうなっているのかわからない様子でハンが「どうして」と聞く隙を与えず、オヤジは言った。
「これでお前も一人前のハンミョウ族の男だ、まったく一人前になる前に女房をもらいやがって」
ハンはすべてを悟ったが、ちょっとだけオヤジに腹を立てたのだった。

めでたし、めでたし。


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