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2014年8月6日水曜日

車の流れに乗って

昨日挫けた出発を仕切り直して再出発。今の時期ナイロビの朝はとても冷え込む。長袖に長ズボンを着てシュラフに包まって寝ても朝方は寒さで目が覚める。日が出て間もない7時頃、テントを出ると白い息が視界を邪魔する。毎日同じだった付属の朝食を頂く。バナナ、パンケーキ、ミルクティー。冷えた体に温かな紅茶が嬉しい。大量生産されたような白いセラミックのカップを冷たい両手で包む。温かいもののありがたさ。ついでにカップの口を目ん玉で塞いで目も温める。ここでの最後の朝食。ご馳走さま。
オランダの自転車乗りのロバートも今日出発で、彼はタンザニアのアルーシャに向けて発つ。彼から貰ったサイクルパンツを履いた。彼のゴールであるとそして私のスタートである、南アフリカの国旗をデザインしたRobert入りだ。デザインがかっこよくて気に入った。こういうパンツを初めて履いたがとても気が引き締まっていい。おじさんサラリーマンがブラジャー着けて出社する気分に近いかもしれない。あ、一応誤解を避けるために声を大にして言うが、私はブラしたことは無いよ。30にもなって出社もしたことが無いのは内緒の話だが。出会う自転車乗りは皆南下していくのでいつもすれ違いだ。ロバートともここでお別れ。
ナイロビからアフリカ第二峰のケニア山を西周りに迂回する道路は、モンバサ港からアディスアベバを通ってハルツームへの主要道なので忙しい。
出勤に急ぐスーツ姿の人々を横目に、人で溢れかえったナイロビの街におさらば。片側4車線のThikaロード(A2)をとって市外に出る。町走りはいつだって神経を磨り減らせる。まず道路が縦横無尽(ナイロビは3D)に走っていてどこにいるのかわからなくなる。第二に車線に別の道路が合流すると路側帯を走る自転車は弾かれる。第三に路上にキケンなモノがたくさん落ちていて怖い。そして何より人が多すぎる。
しばらく行くと3車線に減ったが依然として交通量は多く、車線が合流する場所は細心の注意が必要だ。少しずつ緩やかな丘が現れ、建物も低い物になり、くすんでくる。更にトタンのバラックのひしめきに変わり、更にそれらが徐々にまばらになってくる。
そんな折、軽いギヤにチェンジしたらチェーンが引っ掛かってペダルが回らなくなった。またトラブルか、と安全地帯に移り調べてみると、チェーンのある一つのリンクが少し狭くなっており、フロント側の一番小さいギヤ板のある一つの歯に食い込んでしまっていた。問題は何故か歯の一部に突起があり(カンパラで買った中古品だからか)、狭くなったチェーンリンクの一つが偶然重なって生じていた。たまたまナイフについていたヤスリで歯の突起を削り落として調子は良くなった。
隣を勢い良く過ぎていく車の流れに乗せられ、目的のサガナSaganaには3時に着いた。緩やかな丘陵地帯だったのでナイロビで怠けていた筋肉が小さな悲鳴を上げている。
宿はすぐに見つかったが早すぎたためか100円増しと言われたのでそれなら「どっかで暇潰ししてくる」と言うと「じゃあいいよ」と良く分からない流れで、100円増しの話は排水口に黙って消えた。
ウガンダの宿はバー併設だったが、ケニアは肉屋が併設してることが多い。肉屋と言っても日本の肉屋の様な処理済み肉を扱っているのではなく、皮を剥がされ血をぬかれた状態の牛の腿や胴体が金属のS字ハンガーで天井からぶら下がっている。そして骨や肉を斬る道具、糸鋸、山刀、鉈、肉切り包丁などが、まな板代わりの無骨な丸太と共に、ガラス張りの2畳ほどの小部屋に収まっているのである。
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今日の宿も肉屋が併設されていた。客もちょくちょく来ているようだった。客が肉を頼むと腕っ節の強そうなおばちゃんが20kgはありそうな肉の塊をハンガーからおろして丸太に乗せる。鉈を使ってぶった切る。骨片が肉に埋もれてしまいそうだがお構いなしだ。そして小さく切られた肉を息子らしき若い男がよく切れる包丁でシャクシャク一口大の小間肉にしていく。それを電子天秤を使って重さを計り袋に詰めて客に渡す。
それを眺めていた私にも負けないくらい、じっと見つめる少年がいた。学校の制服だろうか。至るところにほつれのあるそのベージュのセーターは、汚れをカムフラージュできるベージュの許容範囲を超え、砂埃で汚れそぼろだ。男の子は店の台から頭がちょうど出るくらいの身長で、台に手をちょこんと載せてクリンクリンの睫毛の奥で目が煌めかせている。私に気が付くと、ちょこっとはにかんで再び切られていく肉に目を向けた。隣には彼のお姉ちゃんが肉よりも私に興味があるようにチラチラと見て、目が合っては逸らしを繰り返していた。一昔前には日本にもこのような光景があったのだろうか。三丁目の夕日の時代はまさにそんな時代だったのかもしれない。しかし今は肉も魚も工業製品と同じように店に並べられて、彼らの声が聞こえてこない。
私もそんな肉を見ていたら無性に食べたくなった。これ宿でも食べられる?あぁ食べられるよ。そんじゃ夕飯に。と言って部屋に戻った。
夕飯にバーに向かうとその広さには不釣り合いなほど閑散としていた。30程のテーブルは3つくらいしか客がついていない。
楽しみにしていた先ほどの牛で作ったシチューとスクマ(ジンバブエではコヴォと呼ばれていたケールと小松菜の間の子みたいな奴。塩っぱく味付けしてウガリと食べると、白いご飯と野沢菜の漬物を食べているみたいで好きだ)。それにKingFisherなるケニア産苺ワインがあったので奮発した。ワインに鳥の名前をつけるところに惹かれてしまったのだ。いつも通りラッパのみでいこうと思ったら、オーナーである初老のおじいさんがグラスを出してくれた。「これはスペシャルグラスだ。これで飲むと、んまいんだぞぅ」そのグラスは綺麗に磨かれ少しの曇りもなく透き通っていた。奥さんはそう得意げに語るオーナーのそばでくすりと微笑んでいる。すぐさまグラスのカーブを滑らかに伝ってワインは落ち着いた。色付けされているとはいえ、ロゼよりも濃い朱い液体はなんだか美味そうにみえた。そう、こういうちょっとしたことがサービスなんだよなぁ。肉は量は多かれど筋が固くて残念だったが、幸せの苺ワインに救われた。

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