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2014年6月16日月曜日

受け入れるか、去るか


レストランだからたくさんのフォークや皿がある。それが少しずつまるで計画的なリストラでもされているんじゃなかろうかという風に姿を消していく。しかも去り際は極めて静かに。レストランの七不思議の一つだ。
万が一お客さんが盗んだとしてもスタッフが下げ膳時に気が付くはずなので、おそらく七不思議を起こしているのはスタッフだろう。フォークやスプーンは完全に消えていると経営者側が嬉しゅうないと考えたのか、一枚のスチール板から切り出したような安っぽいフォークが据え戻されているからなんだか憎めない。まぁ経営者は気付いているんだがね。

そんな中で最近少し高価なものがいくつか失くなった。小型の無線機と、あるスタッフの携帯電話、そしてすり鉢。さすがにこう立て続いてなくなると経営者側も見過ごせない。
携帯も無線機も管理していた者が数分のあいだ目を離した隙に盗まれた。すり鉢は陶器製だったことと擂り粉木は残されていたことから盗みではなく、おそらく誰かが割ってしまいそれを隠ぺいするために捨てたものと思われる。ものを壊してしまったら減給はそう簡単にはしないからとにかく報告しなさい、と経営者は訴えているが、スタッフは給料から差し引かれると思って隠そうとする傾向がある。やはりそこでも両者の信頼関係が希薄なことが窺える。そしてアフリカの一般的な教育が過ちを正直に謝罪するような人間を育てるようなものではない。失敗して謝罪したらそれは負けで、大変な目に遭わされることが多い。だから彼らは行動を咎められて、まずすることは自己弁護だ。そして追求者の話しを巧みに(?)逸らして、なかったことに持って行く。もうこればかりは社会が作りだしている現象としか言いようがない。社会が変わらないとこのような自己弁護の傾向はなくならないだろう。

そして経営者は全てのスタッフの減給に踏み切った。3%-8%くらいだ。給料の多い少ないにかかわらず定額を差し引いているのでパーセンテージに開きがある。これはただでさえ少ないスタッフにとっては深刻だ。減給の目的は相互責任を負わせることで相互の監視を促すことのようだ。いわゆる五人組制度だ。しかしこれは一種の危うさを潜ませていると思う。まず第一にスタッフ間に相互不信が芽生える可能性があること。第二にスタッフ間で誰かを貶めることが容易くなる危険があること。大らかなアフリカでそのようなことが起こる可能性は低いかもしれないが、何でも起こるのがアフリカである。五人組は協力を通じて一体感を授けチームワークの向上をもたらすが、一斉減給による相互監視には協力という面での繋がりはなく、相互不信を生むだけだ。おそらく長期的な目で見たらあまりいい方策ではないだろう。しかしとにかくどうしたらいいのかわかないので実験的に減給をしてみたといった感が強い。

仕事を終えて日付が変わろうとしている時間にスタッフ全員が集められ、全員減給の旨がアリフより伝えられた。その日は特に質問はなく意外にみなすんなりと受け入れたようだった。おぉ、さすがアフリカ。運命という川には従順に流れ従うのか。と思った。

そして今日がちょうど給料の前借ができる日だった。一人ずつ私の部屋に呼ばれ(なぜか私の部屋を使う)、チャールズが一人一人に減給額を伝える。開店当初から働いているコールはその長い体をかがめて椅子に座るチャールズとやり合っている。彼はトランシーバーが盗まれた時にはまだ出勤していなかったといって説得しようとしていたが、チャールズのゴリ押しの一言「減給を受け入れるか、それとも去るか?」の一撃で落ちた。次にやってきたのはこれまた古参のヨークだ。減額を聞いてショックだったらしく、チャールズに「ちょっとそれは多すぎるよ」と言っている。しかしチャールズは怯まない。全員が同額減給されているんだ、と言って説得に掛かる。しかしヨークも負けていない。少し声を震わせながら弱った様子を見せて同情を買おうとする。いや、実際に弱っていた。さらにチャールズが大声を出して「減額は絶対だ」と声を荒げると「そんな殺生な、多すぎるよ」ともう泣きそうだ。チャールズも面倒くさくなったのかとどめのイチゲキが口を衝いて出る。「減給を受け入れるか、それとも去るか?」

もうここまで来ると並大抵の猛者でもなければ心が折れてしまいそうなものだがチャールズは譲らない。とどめの一撃があるから。同情心が湧いてしまうアリフではこのういう役は良くも悪くも務まらないだろう。他の者はチャールズに歯向かっても無駄だということが分かっているので「ちょっと厳しいなぁ」と言って受け入れていく。新参者のロナルドは減額を知らされて明らかに動揺していた。すぐに「少し待って下さい、アリフに確認してきます」と言ってアリフのもとへ助け舟を貰いに行った。アリフも減額には同意していたので受けうつけられず。さらにチャールズの怒声に引き戻される。「おい!何でアリフんところへ行くんだ?俺が話している最中だろ?」と言って怒声を張る。もうロナルドはタジタジだ。いくつか言い訳を言ったが、チャールズの一撃「前借で買った自転車を置いて去るか、受け入れるか、どっちだ?」の前に彼も安らかに撃沈。

調理方はチップを貰えないので減給にはシビアに反論してくるが、給仕方は一日分のチップで挽回できることもあるので意外と引き際がいい。気が利きサービスが行き届いているキジトウは常にいい額のチップを得ている。彼はスマートだ。減額を聞かされても「昨日既に聞いています」と言ってあっと間に去った。さらにいつも「ぉはよう!」と可愛らしく挨拶をしてくるアニータは減額を聞いても全く動揺せずに、むしろ前借を貰えてうれしいのか去る時には鼻歌を歌っていた。アニータのこういう所がたまらない。

そうして無事に全員の前借り兼、減給の旨を伝え終えたリチャードは意外にもさっぱりして楽しそうな顔をしている。並みの人間だったらどっと疲れが出てきそうなものだが彼はタフガイだ。「みたか?どんなに反論してきても、去るか残るかを問えばイチコロだろう?」と言って笑っていた。

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