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2013年10月13日日曜日

傷心の子犬拾われる

Past Koekenaap CampSite → R363 → Nuwerus(Hardeveld Guest House 厚意により無料)


鳥のさえずりとテントを照らす朝日で目覚める。
とても気持ちの良い朝だ。昨夜は睡魔が襲ってきてラヂオをつけっぱなしで寝てしまった。
テントの上を鳥の歩く音が聞こえる。
テントから出て縮こまった体を伸ばすと、朝日を全身で感じる。

とっとと朝飯を済ませ準備をするが、藪に阻まれ準備に時間を食った。
出発ししばらく行くと、採石場を左手に見る。
これがあの長い列車(300貨物、全長3km、通り過ぎるのに3分かかるあれである)が運んでいたものだ。
どおりで昨夜は列車が多く通ると思ったわけだ。

海洋性の気候が終わり、からっとしている。
高木がなくなりさながら高山帯の様相だ。


Brand se Baaiとの分岐を過ぎR363にはいる。
未舗装道でしかも目の前に丘が立ちはだかっている。

うわぁ~と思いながらも、がたがた揺られながら走るしかない。
ただの未舗装道路ならまだいいのだが、坂の降り終えた鞍部に砂がたまっている。
そこに出ると、前輪が埋まってハンドルが取られて思うように進めない。
しかもものすごい荷重がかかる。自転車から降りて押すこともあった。

砂のたまっていない斜面を軽快に下っていたら砂溜まりに出くわし、危うくこけるところだった。
これは下りだからと言って、スピードをだせないな、、、
10個くらいの小さい丘を越えてから、わきに麦畑が出てきた。

むむ、これは人の町の気配か?
しかし町は見えてこない。
車が幾台か通り過ぎて行ったが、それがまたものすごいスピードだ。
行く先の丘の上に打ち水(蜃気楼)が見られる。

あぁ、ここで泊まったら最高だろうなぁ。と思いつつもそんな選択肢はないことを知っている。
水がもたない。

道に惚れるということがあるのであればこのことであろう。

絵に描いたような美しいS字だ。
そのカーブは妖艶ですらある。
しかしその胸元へ飛び込んでみれば魔女だ!
石が転がり、砂が溜まった何とも登りにくい坂じゃないか!
美しいものは遠くから見ているに限る。のかも。
その色っぽい坂をえっちらほっちら登っていく。



















あと一つ丘を越えるとようやく街が見えてきた。
Nuwerusだ!
最後の下りだー!
意気込んでスピードを出し過ぎた。
先ほどの教訓をいかせなかった。
厚い砂溜まりに前輪を取られ、右に左にハンドルを取られ、何度も体制を整えようともがくも、
負けた。完全に負けた。
次の瞬間私は自転車から飛んでいた。
手からの着地。手首を痛めた。

最初の洗礼だ。
骨折ではないので何日かすれば治ると思うが(*これをパソコンで打っているときはもうだいぶ回復)、多少動かすのが辛い。

経験した教訓をいかせなかったのが悔しい。
気の緩み、自粛せよ。

傷心でNuwerusに入る。
この町は沿岸部から内陸にある国道N7に入る基点となる町だ。
比較的大きい。
町の入り口にはヒッチハイクを待っているカラードの若人が二人。
町に入るとなんとまぁ、静かなことだろう。人の姿が見えない。
しまった、忘れていた。今日は日曜日だ。
日曜日と言ったら都会を別として、南アフリカの町は静かに眠る。
店も閉まるし、通りも閑散とするのだ。
(*今これを書いているSpringbokの町も土、日は町が閑散としている。
唯一ミニバス乗り場の大きな画面でラグビーの試合が映されており、それを観戦して盛り上がっている一角を除いて)

寒さと疲れと手の痛みで弱りながら町を彷徨っていると、番犬に吠えられる。
踏んだり蹴ったりだ。
そしてまた番犬、、、と思いきや、背後に女性の姿が。
人の存在にホッとしながら、挨拶を交わす。
トロトロと自転車を走らせていると、先ほどの女性の敷地から男性がゲートを開けながらにこやかにあいさつを送ってくるではないか。
この辺りにテントを張れる場所はないか聞くと、
「いいから、いいからお入り。この中のどこでも好きな場所に張って構わないよ」
「いくらですか?」
「君たちみたいな人からはお金はとらないんだ」
私たちのような???
自転車で旅している人?傷心な人?みすぼらしい人?臭そうな人?どんな人だ?まぁいいか。

朗らかな彼の誘いにすうっと惹かれ、いつの間にか彼の案内を受け、テン場まで連れてこられていた。
協力隊時代の2年間の経験から南アフリカでは何をするにもお金が必要であると思っていた。
人の優しさすらお金が必要なのではないか、と思うこともあった。
ただでできるのは息することくらいなものだと。
だからはじめこの男性(コーバスさん)の言葉が信じられなかったし、彼を疑いもした。
今考えるとその行為が恥ずかしい。

店が閉まっていたので、すぐ食べられるものをここで買えないか?と聞くと、
何が食べたい?と聞かれ、「肉がいい」と答えた。
最近肉という肉を食べていなかったので体が欲していた。
すると、「肉と野菜があるから〇~▽◇×~」みたいなことを物凄い早口で言い残して、
去って行った。
テントを立てながらバナナを頬張っていると、
肉と野菜の載った白い皿を手に戻ってきた。
しかも焼きたてのラムのステーキ肉が二枚。しかも瑞々しいキュウリ、レタス、トマトのサラダ。
それにパンとコーラがついていた。
「こんなことは普通じゃないんだけど、まあいいから食べなさい」

見ず知らずのみすぼらしい人間にここまでしてくれる彼の善意とは・・・?
もう「ありがとう」しか出てこなかった。

南アフリカにはRiaan Mersonという偉人がいる。
アフリカ大陸を自転車で2年半かけて一周した人だ。
その後も色々なことに挑戦しているそうだ。
ここまでの道で通りすがった車のおじさんに教えてもらったのだ。
コーバスさんはその人が書いた自転車の旅の本を読んでいた。
そしてその人のした冒険を絶賛し、本も称えていた。
そういう素地のある人だったから私のような、ある種冒険のようなことをしている人に共感してくれ手を差し伸べてくれたのだ。
また何よりも彼には二人の息子がおり、私と同じくらいなのだそうだ。
これらのことが私に対する理解と、優しさになっていたのだと思う。
そういえば今まで出会って、声をかけてくれる人は、自分の親の世代が多いような気がするのは気のせいか・・・

そうやって誰かに見守られているというだけで、安心感があるし、ずいぶん旅がしやすくなるものだ。
West Coastは旅行者に本当に親切で旅がしやすかった。
景色もいいので今度はバカンスとして来てみたい。
え?私のはバカンスじゃないのかって?
本来はないのかもしれないが、バカンスには高級なイメージがあるので、
今回の旅に高級という要素がまったくない以上バカンスではないと思っている。

町の散策に出た。
Nuwerusは道路を挟んで白人が住んでいる場所と、カラード(白人と有色人種の混血)が住んでいる場所が分かれている。
もともとは農場経営者を主体とした小さな町だったが、現在もその名残を残している。




アパルトヘイトが終わっても各民族の隔たりは簡単には消えない。
アパルトヘイトが終わって20年近く経つ今だって黒人やカラードが白人を雇っているのをあまり目にしないし、文化や嗜好が異なることもあり、仕事以外で一緒にいるのをあまり目にしない。
白人経営の宿や普通の家でメイドのように働く黒人やカラードはいても、逆はないのではないか?
長い年月をかけて築きあげられてきた構造的なものや、人々の意識的なものというのはなかなか変えるのが難しいのだろうと思う。
たとえば白人に職がなくても(実際にPoor whiteと呼ばれる人たちがいる)、黒人が経営する宿でメイドをする、という選択肢がそもそもないのかもしれない。

さて、町の散策に戻ろう。
町はここも教会を中心に広がっており、とても古い教会というが見た目は屋根の白銀が美しい。

ユーカリの木や庭木にブーゲンビリアが咲いている。
家と家の間の空き地のようなところは紫や黄色の野草が埋め尽くす。

白人側の町の外れに郵便局と小さい店が一緒になっていてここが唯一の店だ。
日本のコンビニができたらたちまち潰れてしまうだろう。

今度は道路の反対側カラードの方へ行ってみる。

こっちも今日は日曜で閑散としているが、人の気配を感じる。
東斜面にブロックむき出しの壁の家が並び、少し込み入っている。
それでも東京の下町なんかよりは断然隙間がある。
路地に子供が戯れており、近寄ると10畳くらいの小さな家の中からワラワラと10人くらいが出てきた。
カラードもアフリカーンスを話すので、英語で話しかけてもニコニコしているだけだ。
アフリカーンスで挨拶すると急に空気が変わり、距離が近づく。
でもそれ以上私は話せないので、お互いニコニコしながらそれぞれの言葉を発している。
そこへ中学生という少し英語ができるという女の子がやってきて、はにかみながら挨拶して去って行った。
え、もっと話そうよ、というと、恥ずかしそうに家の中に入って行った。
その家の裏の路地に行くと先ほどの女の子が家の中から手招きしている。
その奥ゆかしさと言ったらないよ。胸キュンものだ。
写真を撮ってのポーズをするので撮ってあげるも、友達と恥ずかし笑いをしながらなかなかポーズが定まらない。

















何枚か撮ると気がすんだのか、坂を下って行った。













散策から帰ってくるとコーバスさんの他におじさん、いやお爺さんがが一人増えており、二人で何かを見ている。
興味をそそられ行ってみると、サンバードの雛に蜂蜜を薄めた液を飲ませていた。
「5年間毎年この時期になるとこの敷地にやってきて巣を作り子育てをするんだ。私の頭に乗ってもくるんだよ」
と誇らしげだ。生き物が好きな少年のような瞳をしている。
コーバスさんと話していても鳥のことが気になって、目はそっちに行っている。
最後までこのお爺さんが何者なのか聞けずにいたのだが、とても魅力的な人だった。

私とコーバスさんが話していたら、皮をむいた人参を持って現れ、
「人参をたべるかい?皮もむいてあるからきれいだ」と言って人参をくれた。

「お爺さんの畑で採れたの?」と聞くと、
「いんや、店で買ったものだ、はっはっは」と笑っていた。
私はそれをもらうと旨そうに食って見せた。実際喉が渇いていたので赤く瑞々しいそれは旨かった。
さらにテントで夕飯を作っていたら、
「畑で採れたパセリだ、食うか?」とやってきたり、
「タマネギもあるぞ」とまだ玉になっていない未熟なネギをくれたり、
「ほう、なるほどうまくやっているもんだな」とテントを覗きに来てくれたり。。。
何かと気にしてくれる優しいお爺さんだ。


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